自転車に家族を殺されるということ -28ページ目

自転車に家族を殺されるということ

交通犯罪犠牲者の命が紙クズ扱いされる司法を変えていきます。フェイスブック・Twitterも発信中。
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2014年1月28日に判決が出て裁判は終わりましたが、私の交通犯罪遺族活動は続いています。

私はまだ入院中の身ですが、昨日、あいの会として動きがありました。


今回は、小沢樹里、小沢恵生、中村正文の3名での行動となりますが、全国犯罪被害者の会(あすの会)第12回大会に出席してきました。


「凶悪犯罪被害者の叫び」と題してのシンポジウム。


谷垣法務大臣の挨拶から始まり、主なテーマは死刑制度や被害者参加制度などでした。


犯罪被害者遺族からも、名古屋闇サイト殺人事件で娘さんを殺された磯谷富美子さん(公判当時、私もそのあまりの凄惨な殺され方に憤り、死刑を求める署名を集めてお送りしました)、池袋通り魔事件でやはり娘さんを殺された宮園誠也さん、前回ハートバンドでもお話された中野区議で、ご主人を殺された近藤さえ子さん・・・など5名の方がお話をされたそうです。


ただハプニングも・・・。


場内に死刑反対派弁護士が紛れ込み、質問の機会を利用して、被害者や遺族の気持ちを1ミリも考えないトンチンカンな主張を延々と長演説し、会場中の失笑を買っていたそうです。


間接的に話を聞いた限りですが、人の痛みへの想像力のない、理論や主義だけで突っ走ろうとする人の空疎さや愚かさというのは、本当にどうしようもないなと感じました。


ただでさえこの国の司法では、犠牲者の命が軽く扱われ過ぎます。

少なくとも命を持って償うべき非道な殺人事件というのは確かに存在すると考えています。


また、そのシンポジウム参加の合間に、あいの会のプチ定例会も実施してもらいました。

今月は皆多忙で、自分も足を折って入院したりとかがあり、なかなか全員の都合がつかなかったので急遽ということで実施。

前回12月が第6回でしたので、今回は第6.5回ということになるのでしょうか。

来月に少しいろいろ動くことになりますので、そのことなどを話し合ってもらいました(今は内緒)


私は病床の身ですが、良い仲間に恵まれているので、安心してまかせられるのは嬉しいことです。



深い意味はありませんが、深夜の病棟風景などを載せてみます。


自転車に家族を殺されるということ

現在、入院中です。


昨日、骨折した左足の手術をしました。


切って、プレートを当てて、ボルトで固定して、また閉じる。

半年後にボルトを取り除く手術がまた待っています・・・。


麻酔は初体験でしたが、その感覚の不思議さに驚いています。下半身麻酔だったのですが、麻酔を打つや、ジワーっと温かい感覚がゆっくり腰から膝からつま先まで落ちていくのがハッキリわかります。やがて下半身の感覚が次第に遠くになっていくのをハッキリ感じました。そして眠り薬みたいなものを嗅がされた次の瞬間に、病室で目が覚めました。手術終了です。2時間近く経っていたようですが、本当に感覚としては一瞬でした。いろいろビックリすることが多い体験をさせてもらいました。


医者の方も、看護師の方も、チームで入れ替わり立ち替わり懸命なケアをしてもらうと、やはり自分の中での医療関係者へのリスペクトが急上昇しますね。


病院の方の献身的なケアには、本当に頭が下がります。


しかし・・・とにかく足が痛い。


手術した跡が痛い。


すごく痛い。


ついうめき声が出ます。


鎮痛薬を使っても、あまり効果なし。


こんな状態で今後も通勤ができるのかと思うと気が遠くなります。


手術してしまえば、日に日に痛みはなくなっていくと言われていますので、明日明後日とだんだん良くなることを信じて、つらい今日を生き抜こうと思います。


やはり健康あっての全てだと実感しました。


健康なんて当たり前のものですし、普段なかなか実感しないまま過ごしているものですが、当たり前のことというものは、失われてみて初めて、それがいかに大切なものであったかを痛感するものだと思い知りました。


こうして普通に健康に生きること。

その上でやるべきこと、やりたいことをしていけること。

そんな当たり前のことができていることには、これからは感謝して生きていこうとあらためて思いました。


ただ週明け月曜(128日)に裁判なのですよね。

それまでに退院できるか・・・。

微妙ですが、こんなにオ○○で無反省な加害者というのは本当にレアケースですし、自ら毎回法廷に出て、加害者側のオ○○な主張を目の当たりにして、直接報告を続けていくことこそが大切であると考えていますので、なんとかそれまでには退院していたいと思っています。




自転車に家族を殺されるということ
手術前(1月22日)


自転車に家族を殺されるということ
手術後(1月24日)


フェイスブックでは既にさんざんいじられてしまっていましたが、連休中に雪で転んで骨折してしまい、不自由な松葉杖生活を送っています。


「雪で転んで骨折」ということがあまりにベタすぎて、「NHKで怪我人何人と出たうちの一人?」とあちこちで笑いを誘ってしまっていますが、やはり日常生活が普通にできないということが、どれだけ苦しくつらいものなのかと痛感されられています。


とにかく気持ちが落ち込みます。


少し身動きするだけでズキンと激痛が走ります。

松葉杖で立ち上がると、鬱血したような激痛で息が詰まります。


家の中では這って生活しています。


完全おしり歩行です。


トイレもおっくうで、ついぎりぎりまで我慢です。


結局先週は朝から会社に行けたのは木曜だけでした。

仕事を止めるのもつらいし、同僚に迷惑をかけるのもつらい。


そしてとにかく通勤が恐怖です。

松葉杖をついての移動を考えただけで恐怖です。

明日も想像するだけで気が遠くなる思いがします。


まあ私がヘタレなだけなんですけど・・・。


裁判準備とか、犯罪被害の勉強会とか、あいの会とか、やることは色々あったのですが何も進められず、あと1週間ほどは停滞することになってしまいそうです。


そして少しでも今の松葉杖生活を短くするために、今週手術をすることになりました。


22日(火)に入院し、23日(水)に手術です。


手術さえしてしまえば、あとは短いらしく、

手術から3~4日程度で退院できる見通しだそうです。

採血も含めて付随的に恐怖なことはたくさんありますが、手術を受けて、不死鳥のごとく蘇ってまいりたいと思っています。


27日(日)には、あいの会定例会を予定していたのですが、今回は残念ながら欠席かなと思っています・・・。

小沢家と中村家に託して、今回だけは安静にしていようと思います。


その翌日の28日(月)にはさらに次回裁判なのですが、これはなんとしても弁護士まかせにせず、弁護士と一緒に出廷したいのですが、どうなるか今のところ先行き不透明です。


経験して初めてわかることの多さを実感します。


骨折の痛みもそう。

松葉杖生活のきつさと不自由さもそう。


骨折も、松葉杖生活も、生まれて初めての経験でしたが、こんなにつらいものだとは今回経験するまで想像すらしていませんでした。


それまで、例えばパラリンピックの選手の気持ちとかもあまりよくわからずにいましたが、今は、走ったりすることができなくなってから、また思いっきり走って競い合いたいという気持ちになることについて、100%の理解には至っていないにしても、思いを馳せることができるようになった気がします。パラリンピックの出られる方のほとんどは、事故などに遭ってから初めて、その競技を始めた方々だと以前ニュースで見た記憶があります。


このアメブロは交通犯罪被害者遺族としてのテーマで書いていますが、遺族にならなければおそらく一生関心を持つことのなかったテーマだったかもしれません。


だからこそ、そうしたことへの理解を広げるために、経験してしまった者ががんばらなければならないのかもしれませんね。




自転車に家族を殺されるということ


自転車に家族を殺されるということ

※写真は今の雪の残り具合です(マンションのベランダから撮影)


昨日の雪はすごかったですね。


3年前の今、母が交通犯罪に遭い、生死をさまよっていたこの期間は、まさに地獄としかいいようのない数日間でした。母は2010年1月10日に信号無視の自転車に跳ね飛ばされ、5日間生死をさまよった末、5日後の15日に心停止しました。

(加害者は民事訴訟の今になって、「信号が赤だったかどうかなんて知らない。刑事判決と民事は無関係」とお○○さんなことを言ってきていますが・・・)


3年前のあの時は、すごく寒かったのですが、天気だけは青空の快晴が続いてました。だから今回のような雪景色は、逆に被害者遺族になる前の、平和でのどかな冬というものを思い出させてくれて、少し心が安らぐ気がします。


思えば3年前の今は、ほとんど食事もできず、実家に泊まり込んで病院との間をただなすすべもなく行き来するだけの日々でした。何か無理やり口に入れようとしても、1日にいなり寿司1個とかロールケーキ一切れとかが限界でした。半月で体重も10キロ以上落ちました。


思い出したくもない地獄の5日間でした。


そして今日、1月15日は母の3年目の命日でした。


ただ今日だけが命日という感覚はどうしてもありません。最終的な心停止が今日だったというだけで、それ以前に母は既に死んでいたようなものでしたので。私の感覚では、事件を知らされて病院にかけつけた1月11日未明から、15日の今日まで、ずっと連続して命日という感覚があります。


今日は、浅草寺に事前に回向だけ申し込み、あとは家族うちうちで茅ヶ崎まで母の墓参りに行って来ました。


実はフェイスブックでは既に報告していて、「こんなフェイスブックなんかやっていないで早く救急車を呼べ」の大合唱をいただきましたが、昨日、雪の中で思いっきり派手に転んでしまい、今日病院に行ったら、見事に左足骨折をしていました。

(皆さんの温かい気遣いには、本当に涙腺のほとんどない自分も涙が出そうになります)


今日は元々命日の墓参りということで、会社からは有給休暇をもらっていました。ただそんな事態に見舞われたこともあり、どうしようか少し迷いましたが、やはり命日ですし、午後の時点では道路の雪も溶けていて、ほとんど車移動で松葉杖歩行も短い距離だけだろうと思い直し、予定通り墓参りを敢行しました。昼過ぎまで病院だったので、結局あまりよくないと言われる夕方墓参になってしまいましたが、やはり命日に墓参りができてよかったと安堵しています。


「とうとう母を殺されてから3年経ってしまったか・・」

そんな思いが、まずはどうしてもこみ上げます。


同時に加害者にとっては、今日で謝罪訪問なし3年目突破の記録となりました。


ここまで来てしまうと、もう笑ってしまうしかありません。加害者のその人格の醜悪ぶりにはお見事としか言いようがありません。

キリスト教では「人は神の子」、仏教では「一切衆生悉有仏性」(生きとし生けるものにはすべて仏性が備わっている)という言葉がありますが、その範疇に入らない、魂の汚れた醜い存在の人間というのは確実に存在します。


3年経ってしまいました。


この3年間、何ができただろうと考えると、自分の歩みのあまりの遅さと短さに溜め息が出てしまいます。


刑事公判で加害者実刑を求めて闘った(つもりだった)最初の1年。


執行猶予を言い渡された加害者の嬉々とした表情を見てから、脱力して過ごした次の無為な1年。


思い直して全国交通事故遺族の会に入り、飛び入りで参加したハートバンドで今につながる何人かの遺族の方と知り合い、多くの人とやり取りする中で、やはり声を上げようと立ち上がった最後の1年。


振り返ると、まだやっとスタートラインから2~3歩進んだだけというのが実感です。


この3年間の間に、殺された家族の命を紙クズ扱いされ、加害者の嬉々とした歓喜の姿を目の当たりにし、悔し涙を流したであろう交通犯罪遺族がどれだけいただろうか・・・そう思うといたたまれません。


とにかくこれからも頑張っていきたいと思います。


せっかく良い仲間に恵まれ、たくさんの協力しあえる同士に恵まれているのですから、きっとこれからもずっと頑張っていけると思っています。



自転車に家族を殺されるということ


自転車に家族を殺されるということ

1月8日、関東交通犯罪遺族の会(あいの会)として、国土交通省に行ってきました。要望書を提出しての意見交換のためです。


縁があって「これから遺族団体と意見交換の場を作っていきたいので、まずは顔合わせからでもお会いできないか」とお声がけいただいており、国土交通省の方々のそのご厚意に甘えさせていただく流れで、機会を作ってもらいました。


当日は、あいの会の紹介をあらためてさせてもらい、運送業への監査と運転代行業への指導などについて、要望を交えた意見交換をさせていただきました。


午前10時半から正午過ぎまで、1時間半以上お付き合いいただきました。熱心に付き合ってくれた担当者の皆様には、本当に頭の下がる思いでいます。この日、私たちの声に耳を傾けてくれた8名の担当者の皆様は、みな交通犯罪を減らそうと本気で考え、そのために遺族の声に真剣に耳を傾けようとしてくれる方々ばかりでした。


今回、トラックやタンクローリーなどの運送業に対しては、強制力のある巡回指導の実施、違反について虚偽申告があればその厳罰化、貸切バス同様の厳しい監査の実施、事故報告書などの被害者への即時開示、業者へのドライブレコーダー設置義務化などを求めました。


また運転代行業に対しては、補助金などによる行政サポートの必要性や、悪質業者の取り締まり強化、逆に健全業者への認定ステッカー奨励などの提案を行いました。


また私たちの今回の国土交通省訪問は、早速2紙で記事にしていただきました。


【東京新聞】

ドライブレコーダー義務化など国へ要望 関東交通犯罪遺族の会

http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20130109/CK2013010902000089.html


【毎日新聞】

交通犯罪遺族の会:運送業者への指導など、国交省に要望書

http://mainichi.jp/area/saitama/news/20130110ddlk11040217000c.html


今回も地道な活動のつもりでしたが、熱心な記者さんの手で、こうして次々に記事にしていただけると、私たちとしても、本当に勇気づけられ、励まされます。


今回で一足飛びに何かを大きく変えられたわけではありません。しかし確実な一歩を歩むことができたと自負しています。



自転車に家族を殺されるということ


自転車に家族を殺されるということ

正月早々に死亡交通犯罪を犯した千野志麻容疑者をめぐるネット報道がおかしい。

明らかにおかしいです。


これは既にあちこちのまとめサイトやブログでもさんざん書かれていますが、容疑者を守ろうとする強くて大きな勢力の存在を感じるのは私だけではないと思います。


現場がラブホテルだの、不倫疑惑だの・・・そんなバカバカしい雑談に付き合う気はありません。


また政治的圧力の有無という議論にも深入りするつもりはありません。

(自分が子供の時分はよく聞いた話ですけど・・・ただ子供心に、当時から「圧力」という政治的メカニズムの不可思議には純粋に興味がありました。怒りとか憤りではなく、アリやメダカの生態を観察するように、そこに動く人という生き物の行動原理に関心がありました。どなたかそうしたメカニズムを解析した政治学の論文を知っている方がいれば教えてください)


ただネット報道を一言でまとめると、こうなるのではないかと思っています。

「大変な目に遭ったチノパンかわいそう」

いや、根本から間違っているでしょう・・・。

かわいそうなのは殺された被害者であり、その被害者遺族でしょう。


なんでこんな馬鹿げたネット報道ばかりがヤフーのトップページに何度も躍り出ているのか、純粋に不思議で不思議でたまりません。


直近で出ている下の記事も苦笑しかできません。


千野アナ待ち受ける最悪シナリオ「禁固1年で家族崩壊も」

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130107-00000301-jisin-peo


こうした記事を書いている記者は、自分の意思で本気で書いているのか、何か大きな力に無理やり書かされているのか、どちらだとしても、本当に不思議です。


ただ少なくとも言えることがあります。


千野容疑者には間違いなく執行猶予が付くだろうこと。

そして千野容疑者の日常は(ある程度の謹慎期間はあったとしても)これまでと変わりなく継続されていくだろうこと。


つまり根本の問題は、それだけ交通犯罪の罪が軽いということです。


交通犯罪遺族になれば、皆それを痛感せざるをえないから、死に物狂いで危険運転致死傷罪適用を求めて運動をせざるをえなくなります。


しかし人の命を奪った罪は特別な何かをしなくても重くあるべきだし、加害者の罪を軽く済ませないために遺族が死に物狂いにならなければならない現状は、やはりどこか根本でおかしいと考えなければならないと思うのです。


また気になるまとめサイト記事がありました。


千野志麻アナはなぜ逮捕されないのか? ネット上では圧力説まで噴出も、専門家は「死亡事故→逮捕」ではないと説明

http://www.news30over.com/archives/6847106.html


ここで私が「え?」と思ったのは、「犯罪捜査規範」219条の存在です。


「警察官の捜査手続きなどを定めた「犯罪捜査規範」の219条では、交通法令違反事件の捜査において「事案の特性にかんがみ、犯罪事実を現認した場合であっても、逃亡その他の特別の事情がある場合のほか、被疑者の逮捕を行わないようにしなければならない」との注意がなされている」


私も被害者遺族になって嫌でも色々勉強しましたが、こんなのがあるということは知りませんでした。

「は?何これ?」

それが率直な感想です。

こんなのがある限り、交通犯罪遺族の二重被害はいつまでもなくならないと思います。


私の遺族活動としての課題がまた一つ増えました。

年末年始ほど、被害者遺族になってしまった境遇と世間一般との乖離を実感する時期はありません。「おめでとうおめでとう」と連発する声が耳に入るたびに、そういう世界からははっきり切り離されてしまったことを痛感します。


特に私のように1月に家族を殺された人はそうです。


初日の出を見るのはつらいです。初日の出でなくても、正月の静謐な空気はつらかったりします。「この10日後には加害者に事件を起こされて親を殺されてしまうのだな」とどうしても思い起こしてしまうから。


私の知っている限りでは、被害者遺族になってから、年賀状は一切書かなくなったという人が大半です。


それまでの付き合いがほとんど切れてしまったという人も少なくありません。


私は一昨年が喪中でしたが、昨年も、被害者遺族であること、だから新年でもめでたくないこと、だから当面年賀状は書くつもりはないこと、ただいただいた年賀状には寒中見舞いで礼を尽くしたいこと、などをしたためた寒中見舞いで返しました。すると、元々そんなにたくさんやり取りするほうではありませんでしたが、今年届いた年賀状の数はぐっと減りました。笑ってしまうくらいです。


しかし、表面的な、あまり意味のない付き合いを掃除するという意味では、良い機会になったと思っています。


逆に、それでもいつも通り年賀状で声をかけてくれる友人には、本当の意味での優しさを感じています。今年もそういう友人には、礼を尽くして、感謝の気持ちで、寒中見舞いを送るつもりです。


私の場合は親でしたが、子供を殺された遺族の中には、家族で幸せに写っている写真付きの年賀状をよこされること自体に怒りや戸惑いを覚える人も少なくありません。それが原因でその人との関係を切ってしまうケースもよく聞きます。やはり遺族の悲しみは遺族にしかわからず、そこまで細やかな配慮のできる人も世の中には決して多くはない以上、仕方ない出来事なのかもしれません。ただ、周囲は最低限の配慮はしてほしいと思いますね。


明日は仕事始めですが、きっと職場でも「あけましておめでとうございます」が連発されると思います。昨年もそうでしたが、私は一拍おいて「今年もよろしく」だけ口にすると思います。決して「おめでとう」とは口にしません。波風立てないだけの大人ではありますが、実際おめでたくないわけですから、それができる最低限の対応だと思っています。


被害者遺族には、そんな二次被害というものも存在しています。


少しでも多くの方にそんな被害者遺族の抱える温度感を理解してもらえたら、そしてそうした理解がもっと広がっていくことができたら、と思っています。




自転車に家族を殺されるということ


自転車に家族を殺されるということ

正月の閑散とした近所の光景です。


新しい年が始まりました。


私は、母の事件が110日、それから母が生死をさまよっているのをただ見守るだけの、思い出したくもない5日間の後(母を殺した加害者は「病院は看護体制が行き届いているから家族が仕事を休んで見守る必要なんてなかっただろ」と○○なことを言ってきていますが・・・)、115日が命日なので、元旦を迎えると「この10日後には・・・」と複雑な気持ちになってしまいます。私の場合、同じ時期に家族を殺された遺族仲間が多いのですが、みなやはり複雑な気持ちになってしまうようです。世間が「めでたいめでたい」と脳天気に繰り返す時期なだけに、つらさもより深まってしまうのも事実です。


しかし被害者遺族にも毎年正月はやってきます。


被害者遺族だからと全てに背を向けているわけではありません。


今年も普通に初詣には行ってきました。


近くのお寺さんに除夜の鐘を突きに行った後、一度寝てから、毎年行っている浅草の浅草寺と待乳山聖天さんにお参りに行ってきました。


予想もしない悲劇に見舞われて以来、人生が一変させられた数年間でした。


しかし、ひねくれず、腐らず、胸を張って、祈念することは祈念して、この1年も前向きに過ごしていきたいと思っています。


今年は裁判も決着すると思います。起きた事件の内容は明白ですし、被告は笑止のトンデモ主張の連発なので、当たり前の判決になるだろうと思っていますが、当然そうした当たり前の正義もなされるように祈念してきました。


それ以外のこともいろいろ。進むべき道や目指すべきことはたくさんあります。


今年はよりよい年になりますように。


そしてこのブログを読んでいただいている皆様、今年もよろしくお願いいたします。




自転車に家族を殺されるということ
除夜の鐘


自転車に家族を殺されるということ  
自転車に家族を殺されるということ
浅草寺


昨日(1230日)は、第6回定例会を兼ねたあいの会の忘年会でした。


今回は中村さん宅でのホームパーティ。午後3時過ぎから、夜10時半過ぎまで楽しい時間を過ごしました。長いけどあっという間なのはいつものことです。


それぞれの家庭の子供たちも一緒でした。子供たちの写真はフェイスブックやこのブログでは出しませんが、この子供たちがこれから成長していく姿も、あいの会の今後の歩みの証になっていくのかなとも感じ入ったりもしました。


良い仲間に巡り合えたと思っています。


全員が望まないつらい出来事を経験し、そのつらさと戦う中で、他にもつらい思いをしている人たちの存在に気づき、助けたり助けられたり・・・そんなことを繰り返している中で、私たちの場合は、気がつけば、あいの会という形になっていました。悲しいきっかけで知り合った仲間同士ですが、その悲しみを、他の人を支える力に変えて、そして世の中をよくしていく力に変えて、これからも少しずつ前進していきたいと思います。


何度も繰り返しますが、私たちのモットーは、①笑顔、②思いやり、③共有です。笑顔と思いやりのない動きは何も生み出しません。これまでもそうでしたが、これからもずっと、昨日のような温かくくつろいだ雰囲気の中で、お互いに励ましあって、癒しあって、助けあう関係を続けていくつもりです。


このブログを読んでいただいている方にもたくさんの励ましをいただきました。


コメントを寄せて励ましていただいた方・・・

個別にメッセージをいただき、力づけていただいた方・・・

フェイスブックなどに拡散していただいた方・・・

記事を読んで共感していただいた方・・・


みなさん、本当にありがとうございます。


思えば今年1月の提訴に合わせてこのブログを始めましたが、ここまで自分の動きを広げることになるとは想像すらしていませんでした。このブログで知り合ったことで、ハートバンドやそれ以外の実際の集まりで初めてお会いした際も、まるで旧知の間柄のように親しく話すことのできた方がたくさんできたこともありがたく感じています。


来年もできれば引き続き助けて欲しいし、自分にできることがあったら、微力であっても、他の人も助けていきたいと思っています。


今年2012年は、きっと生涯忘れられない年になると思います。


今年もたくさんありがとうございました。



自転車に家族を殺されるということ
記念撮影


自転車に家族を殺されるということ
義兄弟の契の杯?


自転車に家族を殺されるということ
小沢家一同(成人のみ)


自転車に家族を殺されるということ
小沢夫妻のDV証拠ではなく仲睦まじい光景

126日に第6回弁論がありました。


ずっと報告できていませんでしたが、報告なしで年を終わらせたくないので、大晦日の駆け込みで遅すぎますが、簡単にお知らせします。


またまた被告がトンデモ主張をしてきました。


母が事件直後の入院中、ベッドの下にうずくまっていた時があったらしいのですが、そのカルテ記述を取り上げて、


「この時に頭を打ちつけて死んだに違いない」

「頭を打ちつけたことは被告の予期できることではない」

「だから被告の責任で死んだのではない」


と主張してきました。


恥も外聞もない言いたい放題というのはこういうことを言うのでしょうね。


まったく・・・いやいや、まだ裁判中ですし、私にも言論規制はかかっています(笑)


なのでこれについてはノーコメントでご容赦ください。


普通にまともな人がこんな主張を聞けば・・・いや、これ以上は控えておきます。裁判が終わった折には、今まで書けなかったことも全部ぶちまけますので。


私の弁護士側でも事務所始まって以来遭遇したトンデモ主張だったみたいで、こんな裁判官の心証を悪くすることだけに情熱を傾ける被告というのは珍しい話です。


次回は128日、そろそろ裁判も後半戦といった感じになってきました。



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