1年間、気づけばブログを全然書いていませんでした。
理由はシンプルで、日々の課題に追われるうちに、
いつのまにか歳月だけが過ぎ去ってしまったこと。
裏返せば、自分の怠慢とタスク管理能力の欠落、
あとSNSというツールへの関心が急激に薄れたこと、
そして遺族としての問題意識も変化したこともあります。
ただ生存報告ぐらいはしておく必要があると思うし、
あいの会の活動も続けていますので、
自慰行為的かもしれませんが、記録だと考えますし、
ざっと、大晦日に慌ただしく、この1年のことを書きます。
・・・と言っても遺族として、私個人の単独行動はゼロでした。
だから、あいの会の内容のちょっとした記録と、
いくつか散見した記事についての思いにとどまります。
あいの会では、2月17日定例会、3月10日定例会、4月21日総会、
5月12日定例会、9月8日シンポジウム、11月10日ワークショップ、
そして昨日の定例会兼忘年会に参加していたぐらいでした。



他の予定とかぶってしまい、欠席した日も何回かあります。
ここ数年は熱心に交通や被害者支援を議論できる気力が落ち、
もっぱら他の人の議論を聞く側に回っている自分がいますが、
しかしやはり、あいの会のメンバーと顔を合わせるとほっとします。
心の拠り所だと感じています。
また11月24日のハートバンドには個人で一人で参加しました。
昨年から浅草開催となり、色合いもガラッと変わりました。

ハートバンドへの思いは、自分も周りも変化していましたが、
自分にとってはやはり遺族活動の原点がここだったので、
日々に流されている中で原点を振り返りたい思いからでした。
が・・・
多くは語りませんが・・・
自分の参加した1~2回目が「神回」だったのかも。
自分が変わったのか、集会のカラーが変わったのか・・・。
交通と言えば、今年はやはり、
あおり運転の石橋和歩被告の事件が注目を浴びました。
どちらも私が取っている朝日新聞ですが、
この事件に関して2つの記事が目に留まりました。
朝日新聞2018.4.20

解散間際に無理やり入会した全国交通事故遺族の会で、
とてもお世話になっていた方が、この記事を読んで、
ドライブレコーダーの開発当事者だったと初めて知りました。
またあおり運転の懲役18年の判決を受けての天声人語で、
繋がらせてもらっているいのちのミュージアムの代表の方と、
やはり全国交通事故遺族の会の方が取り上げられていました。
朝日新聞2018.12.15

事務的でない、執筆者の心のこもった美しい文章だったので、
どちらの記事も、デジタル版を画像データで保存すると同時に、
紙面も切り取ってずっと大切に保管しておくつもりです。
感情が枯れている(死んでいる?)と自覚している自分が、
読んで思わずちょっと胸が熱くなった記事だったので、
年が変わる前にどうしても書き残しておきたいと思いました。
この事件では、警察も検察もとてもがんばったと思います。
しかし、がんばってもらえない交通遺族のほうが、
実際にはまだまだはるかに多いのが実態です。
私は自動車ではなく、自転車による交通犯罪遺族です。
だから「自転車スマホ死亡事故」として報道されている事件も、
触れないわけにはいきません。
この事件は私の自宅から近い場所で起きていました。
ある新聞記者の「私がご遺族に取り次いでみますよ」
という言葉を鵜呑みにして、ボーっと待っていたせいで、
気がつけば執行猶予判決が出てしまっていました。
検察の求刑は禁錮2年・・・。
これは「執行猶予をつけていいですよ」という、
検察官から裁判官への明確なメッセージです。
(「実刑にして下さい」は求刑禁錮4年以上でないとダメ)
執行猶予さえつけてしまえば、
禁錮1日執行猶予1日も、禁錮100年執行猶予100年も、
自由放免の無意味な形式刑という意味では全く同じです。
マスコミの報道もおざなりの建前論ばかり・・・。
求刑2年という時点で、
「あーあ、今から執行猶予確定か。遺族もかわいそうに」
とみな思ったでしょうが、求刑時も判決時もそろって、
「有罪!」「危険性!」「警鐘!」の文字が踊りました。
本当に馬鹿々々しい・・・。
この事件で結局何もコミットメントできなかったことは、
自転車交通犯罪遺族として、苦い悔いを残しました。
こんなことをつらつら書いているような私はきっと、
理性的で継続的な遺族活動なんかできないのでしょう。
私事を書けば、仕事は楽になりましたが、
現在4歳になった娘の相手で家でも体力気力を消耗します。
週末はほぼ毎週、年間パスポートを利用して、
娘をサンリオピューロランドに連れて行っている1年でした。


よく娘から「どうしておばあちゃんは死んじゃったの?」と聞かれ、
どう説明をしようか迷いながら事件のことを話すようになりました。
そうして過ごしていると、幼い娘や息子を亡くした遺族の心情に、
(間違いなく同じ苦しみ悲しみは共有できないのだけれども)
どうしても想像をめぐらすようになってきました。
どれだけ無念だっただろう。
そんなことを考えることも多くなり、
私の遺族としてのトーンも変わってきている自覚があります。
来年は娘も5歳になり、色々理解できるようになっているので、
いのちのミュージアムに連れていったり、
あいの会のメンバーの他の子どもたちと交わらせてみたり、
そうした機会を通じて、命の尊厳、命の大切さについて、
バトンを渡せるようにしていけたらいいなと考えています。