自転車に家族を殺されるということ -10ページ目

自転車に家族を殺されるということ

交通犯罪犠牲者の命が紙クズ扱いされる司法を変えていきます。フェイスブック・Twitterも発信中。
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2014年1月28日に判決が出て裁判は終わりましたが、私の交通犯罪遺族活動は続いています。

2020年は、事件からちょうど10年目になります。

 

命日は1月15日の小正月だったのですが、

今年も母の命日の墓参りに行ってきました。

会社も有休を使わせてもらいました。

 

いろいろ紆余曲折はありましたが、事件以来、

比較的恵まれた部署にい続けてきたと思います。

 

「はあ?墓参りに行きたいから有休を使いたい?

 いや、いいよ。有休は労働基準法の権利だからさ。

 でも結果は大丈夫だよね。いや有給は取っていいよ。

 ただ有休を取ったから間に合いませんでしたとか、

 絶対ありえないから、それは認識しておいてよ!」

 

表面的に認めつつも、圧をかけて結局あきらめさせる。

いくら働き方改革と言っても、耳に入ってくるだけでも、

そんな会社はまだ世の中にゴロゴロあるみたいです。

 

そんなまだまだ世にはびこるブラック会社に比べたら、

自分の職場環境は恵まれてきているなと実感します。

 

話が脱線しましたが、必要最低限は続けたいと思い、

命日の墓参りはこれまで欠かさず続けてきました。

 

そのたびにつくづく感じてしまうことは、

母や父をめぐる縁の薄さということです。

老人ホームで過ごす父も、足腰も弱まって難しくなり、

私も特に妻を連れて行こうとは思わず、

やがて再び娘を連れて行くことはあるかもしれないけも、

(2歳位の時には連れて行ったけどたぶん憶えていない)

他に墓参りに来てくれるような母の縁者もいないので、

自分がとても孤独な墓守だと感じることがよくあります。

 

こればっかりはもはや仕方のないことではありますが、

孤独な墓守としての自分をイメージすればするほど、

命とその尊厳を奪われた話は自分が語り続けないと、

これからも交通犯罪で奪われる命は軽いままの現状を、

許すことになるし、それだけは許容できないと思っています。

 

1年ぶりの更新になります。

まだ継続的にアクセスしてくれている人はいるのかな・・・

 

事件が2010年で、気がつけば2020年になりました。

母の命が奪われた事件から今年で10年になります。

 

2~3年くらい前から自覚していたのですが、

自分の事件のことをだんだん書けなくなりました。

 

あいの会の公式ブログだけ黙々と書き続ける。

それがこの2~3年の自分のネット配信になっていました。

 

あいの会公式ブログ

http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/

 

あいの会では仲間が講演活動でがんばっていたり、

特に昨年は有名な事件の遺族が参加して注目されりで

その刻印を残したい思いでブログ更新を続けていました。

 

記録するって大事なことだと思っていますから。

記録していなければ、いまどんなにがんばったところで、

時間が経って風化して、誰も話題にしなくなったら、

最初から何もなかったことと同じだと考えるからです。

 

だから今後もあいの会ブログ更新がメインになりますが、

でも自分個人のつぶやきもちょっとずつでいいので、

再開しようと思って、こちらの個人ブログも書いてみました。

 

自分の事件を風化させないことも大切だと感じたことと、

自分が感じた命の尊厳の大切さを娘にも伝えたいと思い、

その刻印を刻み続けることは必要だと思ったからでした。

 

私の事件は、もう9年前となる2010年1月10日、

母が亡くなったのは、その5日後の1月15日でした。

 

ですので、事件から数年の間は、

正月とセットで受け止めてしまっていて、

年末や正月の独特の時間の流れ方や空気が、

つらく感じてしまう時期が続きました。

 

しかし娘が生まれ、娘中心の生活が続くことで、

この感覚に変化があったことは事実です。

風化ではないのですが、時間の経過とともに、

気持ちの持ち方が変わり、今に至っています。

 

ただ遺族としての自分を一番意識するのは、

やはり正月からこの1月いっぱいにかけてです。

 

父の通院付き添いで休むタイミングが重なり、

今年は平日でしたが、母命日の1月15日には、

遠方の墓地まで墓参りに行ってきました。

 

 

 

また毎年、被害者支援実践の草分けの方から、

命日の時期にあわせてハガキをいただき、

あらためて毎年のこの時期が来たのだと感じ入ります。

 

 

先週土曜日は、急遽あいの会の会合を開きました。

初めてご参加されるご遺族の方が2組いらっしゃいました。

 

交通犯罪は、司法対応やその結果の個々人差がとても大きい。

だから全力で捜査してもらえる殺人事件の遺族とは異なって、

なかなか全体で一枚岩になりづらい現実があります。

それでも、孤独と後悔の闇に沈んでしまいがちな遺族同士が、

縁でつながっていく場面を目の当たりにすると、

その場にいる自分もあたたかい気持ちになれる気がしました。

 

1年間、気づけばブログを全然書いていませんでした。

 

理由はシンプルで、日々の課題に追われるうちに、

いつのまにか歳月だけが過ぎ去ってしまったこと。

裏返せば、自分の怠慢とタスク管理能力の欠落、

あとSNSというツールへの関心が急激に薄れたこと、

そして遺族としての問題意識も変化したこともあります。

 

ただ生存報告ぐらいはしておく必要があると思うし、

あいの会の活動も続けていますので、

自慰行為的かもしれませんが、記録だと考えますし、

ざっと、大晦日に慌ただしく、この1年のことを書きます。

 

・・・と言っても遺族として、私個人の単独行動はゼロでした。

だから、あいの会の内容のちょっとした記録と、

いくつか散見した記事についての思いにとどまります。

 

あいの会では、2月17日定例会、3月10日定例会、4月21日総会、

5月12日定例会、9月8日シンポジウム、11月10日ワークショップ、

そして昨日の定例会兼忘年会に参加していたぐらいでした。

 

 

 

 

他の予定とかぶってしまい、欠席した日も何回かあります。

ここ数年は熱心に交通や被害者支援を議論できる気力が落ち、

もっぱら他の人の議論を聞く側に回っている自分がいますが、

しかしやはり、あいの会のメンバーと顔を合わせるとほっとします。

 

心の拠り所だと感じています。

 

また11月24日のハートバンドには個人で一人で参加しました。

昨年から浅草開催となり、色合いもガラッと変わりました。

 

 

ハートバンドへの思いは、自分も周りも変化していましたが、

自分にとってはやはり遺族活動の原点がここだったので、

日々に流されている中で原点を振り返りたい思いからでした。

が・・・

多くは語りませんが・・・

自分の参加した1~2回目が「神回」だったのかも。

自分が変わったのか、集会のカラーが変わったのか・・・。

 

交通と言えば、今年はやはり、

あおり運転の石橋和歩被告の事件が注目を浴びました。

どちらも私が取っている朝日新聞ですが、

この事件に関して2つの記事が目に留まりました。

 

朝日新聞2018.4.20

 

解散間際に無理やり入会した全国交通事故遺族の会で、

とてもお世話になっていた方が、この記事を読んで、

ドライブレコーダーの開発当事者だったと初めて知りました。

 

またあおり運転の懲役18年の判決を受けての天声人語で、

繋がらせてもらっているいのちのミュージアムの代表の方と、

やはり全国交通事故遺族の会の方が取り上げられていました。

 

朝日新聞2018.12.15

 

事務的でない、執筆者の心のこもった美しい文章だったので、

どちらの記事も、デジタル版を画像データで保存すると同時に、

紙面も切り取ってずっと大切に保管しておくつもりです。

 

感情が枯れている(死んでいる?)と自覚している自分が、

読んで思わずちょっと胸が熱くなった記事だったので、

年が変わる前にどうしても書き残しておきたいと思いました。

 

この事件では、警察も検察もとてもがんばったと思います。

しかし、がんばってもらえない交通遺族のほうが、

実際にはまだまだはるかに多いのが実態です。

 

私は自動車ではなく、自転車による交通犯罪遺族です。

だから「自転車スマホ死亡事故」として報道されている事件も、

触れないわけにはいきません。

 

この事件は私の自宅から近い場所で起きていました。

ある新聞記者の「私がご遺族に取り次いでみますよ」

という言葉を鵜呑みにして、ボーっと待っていたせいで、

気がつけば執行猶予判決が出てしまっていました。

 

検察の求刑は禁錮2年・・・。

これは「執行猶予をつけていいですよ」という、

検察官から裁判官への明確なメッセージです。

(「実刑にして下さい」は求刑禁錮4年以上でないとダメ)

 

執行猶予さえつけてしまえば、

禁錮1日執行猶予1日も、禁錮100年執行猶予100年も、

自由放免の無意味な形式刑という意味では全く同じです。

 

マスコミの報道もおざなりの建前論ばかり・・・。

求刑2年という時点で、

「あーあ、今から執行猶予確定か。遺族もかわいそうに」

とみな思ったでしょうが、求刑時も判決時もそろって、

「有罪!」「危険性!」「警鐘!」の文字が踊りました。

本当に馬鹿々々しい・・・。

 

この事件で結局何もコミットメントできなかったことは、

自転車交通犯罪遺族として、苦い悔いを残しました。

 

こんなことをつらつら書いているような私はきっと、

理性的で継続的な遺族活動なんかできないのでしょう。

 

私事を書けば、仕事は楽になりましたが、

現在4歳になった娘の相手で家でも体力気力を消耗します。

週末はほぼ毎週、年間パスポートを利用して、

娘をサンリオピューロランドに連れて行っている1年でした。

 

 

 

よく娘から「どうしておばあちゃんは死んじゃったの?」と聞かれ、

どう説明をしようか迷いながら事件のことを話すようになりました。

 

そうして過ごしていると、幼い娘や息子を亡くした遺族の心情に、

(間違いなく同じ苦しみ悲しみは共有できないのだけれども)

どうしても想像をめぐらすようになってきました。

 

どれだけ無念だっただろう。

 

そんなことを考えることも多くなり、

私の遺族としてのトーンも変わってきている自覚があります。

 

来年は娘も5歳になり、色々理解できるようになっているので、

いのちのミュージアムに連れていったり、

あいの会のメンバーの他の子どもたちと交わらせてみたり、

そうした機会を通じて、命の尊厳、命の大切さについて、

バトンを渡せるようにしていけたらいいなと考えています。

2017年もあと数時間を残すのみですね。

 

そんなあわただしい年の瀬の昨日12月30日、

あいの会の忘年会に行ってきました。

 

 

あいの会忘年会
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/52710278.html

 

上のあいの会のブログでも触れましたが、

「事故だから仕方ない」と思わされているご遺族、

家族が奪われたことを軽く思わされているご遺族、

どこにもつながらないまま沈黙するしかないご遺族、

怒りや悲しみを飲み込み、我慢しているご遺族、

そうしたご遺族がまだまだほとんどだと感じます。

 

言葉を出し続けて行動する遺族は少数派だし、

時には理解のない言葉を投げかけられることもある。

 

私の場合、事件から7年経ち、自分の中でも風化を感じます。

 

やはり子供や奥様といった、現在進行形で語り合い、

見つめ合う相手が奪われたご遺族を見ていると、

私の場合、日々悲しみを新たにするというわけではないと

正直に告白しなければ偽善になってしまうと思っています。

 

しかし、交通死だからいいでしょとぞんざいに扱われ、

軽く見積もられる命があってはいけないし、

その怒りは継続しているのも事実だったりします。

 

あいの会も、子供ができてから、二次会は遠慮したりと、

なにかと制約のある中での範囲にはなってしまうけど、

そんな怒りで引っかかる程度には何かしていきたいと思っています。

 

これは自宅近くのマックに避難して書いていますが、

書き終わったら自宅に戻って、娘との戯れも大切にしつつ、

倉庫と化している自分の部屋を1時間リミットで片付け、

(1時間で終わらない部分はいさぎよくあきらめる)

おせち料理を作って、ゆっくり年越しを迎えたいと思っています。

毎年特別な気持ちを込めて行っていますが、

今年もハートバンドに行ってきました。

 

 

あいの会ブログでも書きましたので、

ここでは個人的に強く感じたところだけを列記。

http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/52495653.html

 

 

毎年「犯罪被害者の声」と題して、

被害者遺族の方2~3名の方が講演するのですが、

今年聞いた話は、聞いていて本当に憤りを覚えたり、

いろいろと考えてしまうことがたくさんありました。

 

一人目は集団暴行で息子さんを殺されたお母さま。

加害者が未成年というだけで必要以上に守られる現実に、

「少年法とは何なのでしょうか」と問いかけていました。

 

その後も「いわゆる少年法なるもの」と言われていて、

被害者・遺族にそういう言われ方しかされないようなのは、

もはや法律という名には値しないと、私も感じました。

 

また傍聴席の記者が居眠りをしていて、

それを裁判長が何もとがめないという話を聞いた時は、

それだけで遺族の心をどれだけ傷つけるかもわからない、

そんな想像力の欠如、それが許される裁判所に驚きました。

 

二人目に話されたのは、

飲酒ひき逃げで息子さんを殺されたお母さまでしたが、

最低限の捜査すらしない警察と検察、

そして冷たい対応しかしない裁判所の話は、

聞いているだけで本当に腹が立ちました。

 

警察が最低限の捜査すらしなかったために、

飲酒運転をしていたのに、それが問題視されず、

まんまと逃げ得がまかり通った交通犯罪事件です。

 

また対応した副検事が本当にひどい。

 

「速度が何キロであっても捜査には影響しない」

「起訴したので公判に集中したい。これ以上捜査しない」

 

長野地検佐久支部のこの副検事が遺族に放った

無神経で誤った言葉の断片を聞くだけで、

ハズレ副検事による被害がどれだけ深刻かわかります。

 

また裁判所も、必死に訴えたいと願うお母さまに対して、

「意見陳述は一人10分!時間厳守!」

と冷たく言い放たれ、本当にひどい対応を受けた方でした。

 

結局、加害者には執行猶予付き判決が付いてしまい、

控訴を求めて検察庁に電話をしても、

電話すら取り次いでもらえない仕打ちを聞いて、

この人は加害者だけでなく、警察、検察、裁判所、

すべてによってたかって息子さんを殺されたのだと感じました。

 

その後に続いた第2部のリレートークでも、

正義が実現されていない司法の制度についての意見が、

次々に出て、司法後進国としての日本を痛感しました。

 

今年も、年1回しか会えない顔ぶれに挨拶し、

長居はできない事情もあり、途中で退出してきました。

 

今年はいつもの晴海から浅草に開催場所が変わったので、

浅草寺にお参りしたり、界隈を散歩する面々もいたようです。

 

私もハートバンドに先立ち、少し前に娘の七五三で行った

待乳山聖天と浅草寺にせっかくなので巡拝してきました。

 

先週土曜日、あいの会の定例会がありました。

 

 

細かくは(最低限の内容なので細かくもないけれども)

あいの会のブログに記録は残しておきました。

 

あいの会ブログ

http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/52465734.html

 

交通でも殺人でも、最近は無惨な事件が目立ちます。

 

そうした事件の遺族の方々がどうなっているかなど、

報道では出ない話もいろいろ話し合うことができました。

 

遺族が孤立せず、加害者を利するミステイクを犯すことなく、

決して事件以前の日々には戻ることはできないけれども、

せめて悔いを残すようなことがないように願うしかありません。

昨日の土曜日(10月14日)、

あいの会の5周年記念集会を行いました。

 

詳細はあいの会ブログに書いた通りです。

http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/52261320.html

 

今回特に一緒に会を立ち上げた中村さんの話を聞き、

あらためて私たちは遺族の会なんだと実感しました。

 

 

 

中村さんの話はこれまで繰り返し聞いてきましたが、

あらためて彼の経験した物語の壮絶さと、

それをつぶさに語る彼の凄さを痛感しました。

 

決して、交通事故は減ったし、よかったなどと、

何も知らない人に思ってほしくないと思いました。

 

そのあとも防衛医科大学校の髙橋聡美教授のお話、

代表の小沢樹里さんの話、懇親会、二次会と続き、

「今回は」悪酔いもなく、最後まで付き合いました。

 

 

 

最後の写真は、翌日(つまりこれを書いている今日)

一緒に会を作った小沢克則さんの誕生日だったので、

周りでこっそりサプライズ祝いすることにした様子です。

克則さん、誕生日おめでとうございます。

先週末の9月23日はあいの会定例会でした。

 

 

あいの会5周年記念集会開催まであと1ヵ月を切り、
かなりあわただしくなってきました。

 

他のメンバーの精力的な動きを見るにつけ、
自らの鈍重さが情けなく恥ずかしくなります。

 

当日に向けた不安はたくさんあります。

 

選挙直前にぶつかってしまうことになったので、
来賓で迎える議員さんたちが本当に大丈夫かとか。
(来賓席が空席になってしまうのはやはり寂しい)

 

当日はトラブルなくうまく進められるかとか。
(↑ここまではフォーマルな心配)

 

最初に挨拶でちゃんと思いを伝えられるかとか。
(人前で話すのが大嫌いな自分はこれが最難関!)

 

噛まずにはっきり話せるかとか。
(前回は思いっきり噛みました)

 

張り詰めた緊張から解放された懇親会で飲みすぎ、
救急車で運ばれる醜態を再び繰り返さないかとか。
(前回はこれをやらかしタクシー代が2万円・・・)

 

考え始めればキリがありませんが、
当日は当日で、できる範囲で最善を尽くして、
あとはなるようになるのを見守るしかありません。

 

そんな先週末の定例会は、私にとって、
土下座で始まり、土下座に終わる気持ちで臨みました。

 

趣味の怪談イベントがバッティングしてしまい、
無理を言って午前中の時間に変えてもらったからです。


心優しい仲間たちは誰も責めませんでしたが、
定例会→ビールという流れを期待していた向きには、
大きな失望を味わわせてしまったと思います。

 

そもそも毎年、秋分の日は怪談イベント目白押しで、
前々からあいの会は別に日にしてもらうべきでした。

 

そんな多大な迷惑をあいの会の大切なメンバーにかけ、
大切な週末育児も投げ打って、悪い父親に成り下がり、
いそいそと、そして喜々として向かったのは、
浅草で行われた「真っ蔵怪談」なるイベントでした。

 

 

 

関東大震災も東京大空襲も焼け残った土蔵の中で、
一切の明かりを消して行う怪談会。

 

無事に(?)軽い怪異も起きました。

 

打ち上げも含めて23時近くまで堪能してしまいました。

 

翌日曜日は、早朝に出て遠方お彼岸墓参りをすませた後、
前日の悪行のせめてもの罪滅ぼしに、
娘をサンリオピューロランドに連れて行きました。

 

 

とにかくあいの会5周年記念集会まであと3週間・・・
報道関係の準備とかも自分のタスクなので、
抜けがないようコツコツ準備していきたいと思います。

現在進行で書くと差し障りがあったので、

月日が過ぎてからの振り返りの書き込みです。

 

母が奪われて、父も施設になんとか入居し、

ずっと空き家のままだった実家を手放しました。

 

今年3月に売却が完了し、4月には早速取り壊され、

先日寄ってみたら、もう新しい家が建っていました。

 

 

 

やはり寂しい思いがこみ上げてきました。

 

これで生まれ育った東京都の大田区とも、

つながりは切れてしまうことになりました。

 

遅かれ早かれ、実家は手放していたと思います。

 

ただ母が奪われ、父が施設に入る形で手放すのは、

やはり喪失感がないといえば嘘になります。

 

今年1月から3月にかけては、ほぼ毎週末、

実家の整理と片付けに行っていました。

(現在進行形で書くと、「泥棒さん、いらっしゃい」

 の情報提供になるので、当時は書けませんでした)

 

人の住まない家は荒れるという話も実感しました。

 

残すものは自宅に引き取り、それ以外はゴミに・・・。

その選別もとても悩ましい時が多々ありました。

 

ある知り合ったエッセイストの方が、

「すべての思い出のものを取っておくのは無理。

 写真に撮って、ものは手放すという方法もある」

と教えてくれて、そうしたものもありました。

 

被害者遺族になると、死亡届や戸籍のことなど、

奪われた命の記録を消す作業を容赦なく求められ、

その残酷さを痛感させられることになります。

 

しかし数年かけて、最終的に思い出を消す作業も、

やはり胸に突き刺さるものがありました。

 

日々忙しさにかまけて、実家の近所の方に、

きちんとした挨拶もできず、半年近く経ってしまった。

こちらの名産の梨でも持って(そろそろ季節です)

近いうちに挨拶に行ってこようと思っています。