トシカの宿のこと(6) | 木工房とんとんのブログ

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(6)

 俺たち四人と、先客の男四人が相部屋になり、俺達は右側である。俺とHが上の段の右側と左側に寝た。狭いベッドである。毛布は2枚。夜は寒いだろうと思ったが、先ほどの馬鹿騒ぎの興奮と、酒がまわっているからか寒くなかった。かえって暑いくらいだ。いつもなら三十分ほどは誰かが、もう寝るかと言うまで一息喋るのだが、今日は相部屋のためおとなしくしている。疲れてはいるけれども先ほどの興奮のためかなかなか寝付かれない。時たま誰かが寝返りをうつ音が聞こえてくる。家の中はシーンと静まり返り、屋根が小雨をはね返す音と、時折吹いてくる風に木々がざわめく音だけである。

 

 しばらくすると、小さないびきが聞こえてきた。先客のうちの一人らしい。寝つきの悪い俺には羨ましい響きである。俺はいつでも寝床に入ってから一時間くらいはくだらない考えが頭の中をめぐって、右へ左へ寝返りをうっている。

 

 それは、最初は気になるものではなかった。羨ましいくらいだったのだ。しかし、次に気が付いた時はもう、その響きを耳から引き離すことができなくなっていた。先程感じたのよりは相当大きくなり、狭い部屋の暗闇にこだまして雨風の音と共に我々の部屋の静けさを消してしまった。もう羨ましい響きなどと言ってられない。皆も気になるのだろうが相手グループのこと故我慢しているのだろう。これで我々の仲間内の一人だったりすれば、鼻をつまむわ、毛布をかぶせるは、ひどいものになるに違いないが、今日は誰も何も言わない。相手のグループの人たちも沈黙を保っている。俺も何とか眠ろうと努力してみた。耳を塞いでみる。しかし、そんな格好でいつまでもいられる訳がない。下の段のMがギシギシと音を立てて寝返りをうっている。

 

 いよいよその鼾は大きくなってきた。その主の仲間達も眠られないだろうが、何とかしようという者もいない。三・四十分も経っただろうか。もっと長い時間が過ぎたように思われる。鼾はますます大きくなり、先程より往復の鼾となってきた。それでもみんな何も言わない。誰もがめいめいに何とかして眠ろうと四苦八苦しているに違いない。しかし、もはや我慢の域を超えようとしていた。

 

 俺の親父も大きな鼾を掻くので、鼾には慣らされているはずだったが、しかし、この人の鼾は親父のそれなど足元にも及ばないだろう。親父のが人間の鼾ならこの人の鼾なら熊、大げさに言えば象の鼾ほどの違いはあるだろうか、もちろん、熊の鼾も象の鼾も聞いたことがないので例えての話であるが・・・。もう、すごいのなんのって、一度聞かせてやりたい。多分想像できないだろうが、そんな大きな鼾が狭い部屋にこだますのであるからたまったものではない。

 

「たまらんなぁ。」

とうとう、誰かが我慢の緒が切れた。向かい隣の下に寝ているYである。

「何とかならんのか。」

俺が言う。

「しかし、エライ鼾やなぁ。」

 Mが言う。ゴソゴソと俺達四人が起き出し、明かりをつける。先客達の三人も起きる。当の本人だけは大きな口をあけてガーゴー、ガーゴーと深い眠りの中である。一同その姿を眺めていたが、誰からともなく笑いだす。

「アハハハハ…。」

「しかし、すごい鼾やなぁ。」

「アッハハハ…。」

 大笑いである。隣の部屋まで聞こえるのではないかと思われるほどだ。

 

 がしがし、笑ってばかりいられない。この鼾をなんとかしなければ朝まで眠ることなどできやしない。仲間の連中が彼を揺り起こそうと試みる。

「おい!おい!」

 しかし起きない。今度はもっと大きく揺すってみる。が、効果はいっこうにない。

「横向きに寝かせたら小さくなるって聞いたけど。」

 仲間内のメガネをかけた人が言う。

「じゃあ、やってみるか。」

 仲間連中が二人がかりでやってみるが、大きな男であることと、上段と下段の間が低いためうまく行かない。

「だめだ。」

「どうしょうもないなぁ。」

 二度三度やってみたが、とうとう、連中もあきらめてしまった。しかし我々としてはどうしょうも無いでは困る。連中は我慢できるかもしれないが、俺達はとてもこんな鼾に朝までつき合いきれるものではない。時計を見ると二時半である。寝床に入ったのは十一時ごとだったからもう一時間半もたったのである。

 

 しばらくその姿を眺めて考え込んでいたが、

「おい、あの二人呼んでくるか。」

とYが言う。

「そうするか。」

と、俺。

 Yと俺が部屋を出て玄関の左側の部屋で寝ている例の二人を呼びに行く。二人は今ごろ何の用や、という眠そうな迷惑顔で部屋から出てくる。薄目を開け、メガネをかけながら言う。

「何や、どうしたんや。」

 俺達は訳を話す。しかし、寝ぼけ眼で聞いているため、あの大きな鼾を説明しても理解できない様子だ。

「とにかく、来てくれ。」

 と俺達が言い、彼らを先頭に自分達の部屋に戻る。

「アハハハ…、アハハハ…」

二人が入るや否やひげ面の大きな男が口を開けて大鼾を掻いている姿を見て、これまた、大きな声で腹を抱えて笑い出すのである。

「こりゃひどい、こんな大きな鼾は初めてや。アッハハ・・・」

そこでみんなまたつられて大笑いである。

とうとう俺たち四人は毛布と布団を抱えて食堂の方へ移動することになった。深夜の十二時時半過ぎのことである。

 

(7)へ続く