夜のひるね。 -8ページ目

人間になりたい猫


『お魚の子みたいに』

ペットは来世人間に生まれる為 
修行をしにやってくる

なんと!嬉しいトンデモ話じゃないか

でもそれって本当かもよって思う


うちの飼い猫さんは

顔をジャブジャブ洗う人を見て

『水飲んでる!』と自分も洗面所で飲水し

トイレ(の床)で用を足したり

独りで眠る食すが苦手で むしろ集団行動を好み

人間とのお話し(主にこちらは相づち)が大好き

言えば聞くタイプだし

高いとこ狭いとこは好きじゃないみたいで

昔 女性のパンツに発情したとかしないとか

自分を猫とはちょっぴりも思ってなくて

なんだか可笑しいや


たまにさ 

もしかして人間に生まれるの初めて?って位

不器用でこの世に不慣れな感じの人にあうと

もしかして前世は 猫や森の木

毛虫やタンポポの綿毛だったかなって思って

そして家の猫みたいに

『次は絶対に人間だぞー!』って

頑張って修行したんだろうなって

ハートがホカホカしてきます

私も素っ頓狂で やや良識に欠けているのは

まだまだ慣れてない口なのかもしれません

なんだか知らないけど

地球の人間に生まれるってきっと本当は

とても愉快でピカピカしたことなのかもよ

そう思うと未熟上等ですし

人のズッコケにも果てしなく寛容になれるし

だからチャレンジこそ全て って感じてしまうね

そんな感じが好きだな


















神様の目

『お山の上』

ある本を読んでいて

その中の主人公は神様とお話ができるんだって

それはそれは素敵

私なんて飼い猫ともちゃんと話せない

その本の中で高い山に登り下界を見下ろした時

人間の営みが小さくて儚くて愛おしく感じ

そして神様も『だから守ってあげたい』と言ったのだそう


普段は近すぎて感情や思念が渦巻いてしまう

人間や人間の作り出した仕組みも

本当は一瞬で消し飛んでしまうことは

近年の災害や疫病で身に染みてるはずなのに

でも私も小さくて愚かだから日々にドップリしてて

すぐ忘れてしまうや

でも昔 富士登山で同じ気持ちになったよ

苦しいも嬉しいも本当は一つ

同じ源からやってきた

同じくらい大切なただの体験で

もっと言うと生きるも死ぬも同じで

怖がることや憎むことすら愛おしくて

だから安心して生きて大丈夫

あれは頭で理解するより先に 心が動く

猛烈に過激に感動した 不思議体験

見えも聞こえもしない私の隣に

富士の神様がいて そう語りかけてたら

すごくいいな


キングダム(漫画)の最新刊で

これととても近い展開があったね

人は人でしかない というような答え

わかったつもりや 悟ったつもりでなくて

未だ至らずなことを楽しむというか

未完成な魅力みたいな部分を

オープンにして走っていくみたいな

そんなのが好きだよ

そんな人達と生きていきたいね




邪気

『変化』

世界がちょっぴり変わりつつあるなか

大切かなーと感じる物事や環境について

成功の定義がここ数年で

大きく変わってきているように感じます

所謂良い学歴良い会社良い家庭みたいな部分

多分前提の資本主義が行き詰まってしまったことが

大きいのでしょうが

個人が受け取り発信する情報手段と量が

格段に増えたことや

ご飯を食べる手段の多様化も要因かもしれないね



私も若い時代 将来に投資になるような今

を選ぶみたいなことに力を注いできたのですが

恥ずかしながら もしかして私ごときの頑張りより

風に乗っていく朗らかさだとか

生まれたことへの信頼の方がパワー強いかなと

良い年になって

ちょっぴり挫折して思ったりもするのです

でも日によって揺れたりするのだ!



今の会社に入ってたまげたのは

儲からない仕事に 皆さん心血注いでること

だから入社当初は少し暴れてしまったけど

このやり方で80年近く続けてるそうで

代表は薔薇に水やりにしか来なくて

みんな勝手に働いて早く帰って 

趣味や副業?を楽しんでいる

外注さんに無理を言わず 客先とは良好

ただ儲からないから皆ちいさなお財布を持っている

グルリとまわって

私は争わず奪わず太陽の下を汗をかいて歩いている



今のパートナーと付き合い始めも

パートナーとは災いを成す可能性のある者という

酷く偏った経験的定義を持っていた為

ギクシャクしてしまうことがあったのだけど

ただ相手は平和な国に住んでいただけだったり

何はなくとも穏やかな時間を過ごすことが

未来を紡いでいくのかな と

今更感じたりもしています



コントロール不能な今ですから

つまらない邪気の渦巻く仲間や組織からは

潔く距離を置き

『まぁ ここで死んだら諦めがつくか』

くらいな場所でリラックスして過ごしたいな

予想外の部分が知りたくて生まれて来たのだしね









糸口

 

「イデチャンの一言」

 

前々々々社のイデチャンがSNSで「脱便利な世界」を先読んでた

 

今はちょっと窮屈で そこまでしなくてもってマナー儀礼が増えている

 

そして距離を生み出すオンラインやリモートが 騒動の後も続くらしいね

 

アフターと言われる今(世界ではまだまだ拡大している)

 

心の動きや 感動したこと 心を揺さぶられることをサンプルしています

 

一番は三味線の稽古

 

本当は仕事上のお付き合いで始めたはずなのに

 

久方ぶりの再会はみんな大興奮で喋り続け

 

2か月先まで予定を入れた

 

あと民芸作家の展覧会

 

そこに作品があって 本当の色を感じて 空間が1つのアートだったこと

 

転じて「会いたい」と思っていた人なのに 何の肝銘もなかったり

 

外食欲求はもうないんだな自分 と気づいたり

 

だけど落語やライブ的なものには胸キュンなんだ

 

 

時代は転換するよ

 

時計の針が少し早めに進むとも言うね

 

実はいらない が 早くもいらないに

 

それはそれでよいと思うんだけど

 

この何とも言えない 正体不明の窮屈さが

 

何百年 何千年かけて培った文化を 一緒に持って行ってしまいませんように

 

便利に流されて 私たちは肉体を持って敢えて生まれてきた訳を

 

蔑ろにしませんように

 

だから「脱便利」なのだ

 

無駄や不要に文化は宿り そこに生きるって意味が詰まっているよ

 

 

産業革命以降の お金とか効率の時代がシュリンクするだけで

 

私たちの命だとか生きる意味みたいなものは より拡大するのだと私は感じています

 

変化とはいつもほんの少しの苦しみを含んでいるけれど

 

命はリレーするからね

 

 

今日はちょっと自分を勇気づける文章

 

私は田舎の広告業界の下流にいてさ もう大打撃

 

働いて初めて やることがないんだ!!(わぁ)

 

そしてそれがすごく恥ずかしくて(自分のせいではないのだけど)

 

悔しくて 自分に価値がゼロになってしまったように感じたり(おおげさなのだ)

 

だから ブログを再開しました

 

暗闇の中でこそ 光は差すのだよ

 

 

 

 

 

 

 

噂のオンライン

 

「それは境界線だと思う」

 

コロナの影響で普段気軽に会えていた皆さんと  距離を置いて2か月余り

 

みんなはこのことをどう感じて どう過ごしたのかな

 

4/7に首都圏を中心に出され その2週間ほど後に全国に広がった緊急事態宣言

 

ちょうどその日は桜の咲き始めで 中学時代の友と

 

地元ではちょっと有名な河川で夜花見をしているときでした

 

「しばらく会えないけど次会うときは【密】しよう」

 

その日から、顔を合わせるのは家族・仕事仲間・パートナーくらい

 

もちろん集団になる太鼓の稽古や、小さな小部屋で行う三味線稽古も中止

 

でも長野県は広くてさ 人より緑が多いでしょ

 

暮らすにはそれほど苦しくもなかったよね

 

私は10数年、東京で過ごしていた時期があって

 

だからもし自分が「今」を東京で過ごしていたら?なんて想像もしたら

 

これは中々厳しい

 

だから東京のワンルームで生活と仕事や学業をやりこなした皆さんは

 

本当に本当にすごいと思うんだ

 

 

みんなが頑張ったせいか、ウィルス自体の特性や相性のせいか

 

国内の感染者も5月半ばを過ぎたあたりでグングンと減少して、無事に解除令

 

春を待ちわびた生き物のように、だけれど恐々少しづつ

 

人間の生活が今、戻りつつあります

 

いえ、正しくは戻りはしないのだな

 

行く先は新世界で まだそこが心地よいのか ハードなのか

 

原始人の私には全くの予想もつかないのだけど