夜のひるね。 -7ページ目

生きることがいきること

 

「ピアノの調べとしばしのお別れ」

 

 

お仕事のクライアントにブライダル向けの教会音楽をプロデュースするご夫婦がおり

 

この度、お仕事を卒業され近県に越されるとのことで

 

ご挨拶がてら名刺作成の相談に乗るために、ご訪問。

 

長くキリスト教を信仰されているお二人は  いつも優しく謙虚な雰囲気

 

人生の先輩として、私もいつかこんな空気を纏って最期の時を過ごしたいものだと思うのです。

 

今の世の中のこと、政治のこと、人の生き方のこと

 

仕事の話なんで10% たっぷり2時間

 

それでいいんだ  私の仕事というものは!

 

 

その中で心に残った言葉

 

「70余年生きてきてわかったことは 『生きる意味とは、ただ生きているだけで良い』 ということ」

 

日々起こる人が感じる「良い」も「悪い」のイベント事も、ただ人が成長する糧なんだろうって。

 

だからたまには息抜きでスルーしたっていいけれど

 

1つ1つを丁寧に打ち返すだけで、満点なんだよって話です。

 

 

「うんうん!私も激しくそう思っていたんです」と首をガクガク頷いた私ですが

 

今日だって  何処かの誰かの人生を ほんのちょっぴり羨んで

 

思いを込めて懸命に投げた白球だって、きっと暗闇に吸い込まれてしまうだろうし

 

この世に甲斐性なんて、何処にもないんじゃないかって気持ちになったりもするのです。

 

でも身体にガタがきて動きがストップするその日まで

 

1日1㎜づつでも「あぁ、そうだったのか」という何かに近づけますよう

 

そう思い直して ここに記すよ。

 

 

奥様と色々お話が盛り上がった後、「最期だから」とおもむろにピアノで弾きだした曲は

 

同じくピアニストである妹さんが人生で一番苦しかった時に作ったものだとか

 

素晴らしいな

 

人間とは人生最悪の時にも、こんな美しい表現が可能なものなんだ

 

こんな今みたいな変革の時、ある意味クソッタレな世の中を生き抜くだけで

 

私はみんなに満点あげたい気持ちになった

 

手を振ってまた逢う日まで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ご無沙汰

「生きておるぞ」


ブログが不定期になって久しい本日

世の中は少しづつ動きつつ スコシ窮屈

私は田舎の地元零細企業ですからリモートもなく

自然の中で流されつつの毎日ですが

こんな日々が続いてこの世のみんながちょっとづつ

気持ちがぎゅうっと縮んでいる感じはあるな

そして巡る季節の中咲く花をみて

こんな中でも変わらずある存在が有り難かったり

みんな良く頑張っている



私は酷く身軽で借財も扶養もなく

何が起ころうと如何様にもなるけどさ

抱えるものが 大切なものが多いと

こんな時はちょっと悩んでしまいそうだね

でも思うんだけどさ

そういうもののために頑張れるのも

人間の温かく尊い部分だからね

ひとまず恥も外聞も置いといて

こんな時こそ気長にいこうよと思います

私もお会いしたことないアナタも です








変わること

「小さなことをたくさん」


今日うまくいったことが明日もうまくいく

というのは もう従来の在り方なんだね

これからは今日が明日に続くわけではなく

その瞬間瞬間で移ろいゆくものに

「そうか」とただ受け止め

その中で最善を尽くしていく連続になるんだろ

*

でも本当は これまでだってそうだったよなー

と、思い返して

だとすると、これまでの安定や想定は

あってないような幻想の内にあったのだな    

*

正社員みたいな働き方は一部に残るものの

大半は期間契約と複数の掛け持ち仕事

その日その月がトントンなら善しとして

家族や仲間との同居が基本になるのかな

そして日本だけじゃなく世界は

人口も経済も小さくなって

環境破壊もスローダウンするんだろ

いいも わるいも 本当はないんだ

ただ変わっていくことだけ確実で

一番人の内側で変わるのは宗教や哲学みたいな

生死観や幸福論なのかもしれないね

人間や己は万能ではなく、

撒いた種がいつどこでなぜ芽を出すかなんて

小さな我々には皆目見当もつかないのだから

逆に言えば、余り自分や他人を責めず

風の強い日は小さくなってやり過ごし

脱力しながら楽しめば良い

そしてちょっぴり興味のあることには

気軽にトライしてけば良いな

わたしはそう思うよ


誰 であるか

『ミウラハルマさん』

ニュース速報で自死が流れた土曜日の午後

ワタシはいつも思うんだ

嬉しいニュースも悲しいニュースも

速報となる差はなんだろう

そうだね彼は人気があったのだって


その日から連日死を悼む情報が飛び交います

日本では亡くなると等しく仏様

それにしても自死を忌む文化でもある中

随分随分好意的な記事が多くって

同じ状況の芸能人ってこんな扱いだったかな

この差は一体どこからくるんだろう

ワタシはちょっぴりなんだか怖いよう


しかし大人になってシミジミ感じるのは

この人の心にある この手のさじ加減が

個々の人生を大きく変えてるよなーという事だ

好き  とか  嫌い  とか

イメージ とか 雰囲気   とか

オナゴは化粧して

オノコだって出る杭にならぬよう

嫌われたら生きにくい国なんだもの


しかしコロナで思ったのだけどさ

私達は何を持って『生きる』とするのだろうね

もう長さじゃなさそうだろ

そうでしょ ミウラさん

今回変化がするべきは

我々の生死観や人に対する許しだと思うよ

死ぬ時後悔する事ってある程度共通するらしく

『自分のやりたいことをやれば良かった』

みたいです

何か行動することは

嬉しいと悲しいを同じだけ発生させるから

恐くないわけじゃないし

馬鹿だと後ろ指を指される可能性もあるけど

この世に於いては

絶対にやった方がいいと思っている

それで野垂れ死んで

他者から残念認定されても

それもアリ!となるような未来になるといいな

わはは










世界の片隅で

『挑戦したじゃないか』

ある記事を読んで。

このコロナの中

家庭環境に恵まれない覚せい剤常用の

20台女性が命を絶ったのだとのこと

ライフラインはあったはずなのだが

育った環境のせいか正しいアクセスは叶わず

ただ彼女は懸命に光に向かって

彼女なりに生きていたんだなってわかったよ


社会で成功といわれるものを勝ち取るには

想像以上の努力が必要だと思うし

素晴らしい!って心底思う

ただ余りにもマイナスからのスタートの人生もあって

そんな人が並みの生活を手に入れるのは

本当に血のにじむような努力が必要なんだろう

そして支援や知識、愛情に乏しく

途中断念してしまうことも少なくない

だからうまく言えないけど

最終的な結果では

本当に何も計れないということなんだ

けれど大体において他者は結果をみて判断する

そしてあんまり辛い過去って

きっと上手に伝えられないから尚更なのだ


願わくば命に輪廻があるならば

彼女に次は穏やかで普通な家庭に生まれて欲しいや

部活したり友達とお茶したり

バレンタインにチョコを渡すような


まだこの日本にもいかんともしがたい

宿命を背負って生きてる人が沢山いるんだ

そういうことをなかった風に生きるのが

なんだか違うよって思うな自分

なんのパワーもない私だから笑われそう

でも金はなくともハートはあるからね

共に生きよう