夜のひるね。 -4ページ目

人類の平和

 

「遠いから大切なのだ」

 

今年に入りロシアとウクライナの戦争が始まり

 

コロナに輪をかけて滅入るようなニュースが飛び交っております

 

物心がついてから湾岸戦争、アフガン紛争などの戦争が終わって始まり、です

 

日本にいると日々のんびりと過ごしてしまっているけれど

 

支配や侵略の歴史を人類は有史以来続けているんだね

 

 

第二次世界大戦で日本は孤立無援で戦い

 

その後原爆を2発も落とされ終戦を迎えたのだけど

 

その後「戦争は悪い」という教育を受けて育った私は

 

公安の取り締まりがあったにせよ、何故当時の日本人は「反戦」を掲げなかったのか

 

勇気のない国民性を少し残念に思っていたんだよね

 

だけど今回の侵略をリアルタイムに知るにつけ

 

理不尽に降りかかった火の粉を払わないことは

 

自分や家族の命が簡単に亡くなったり、生まれた国がなくなるのだということであり

 

戦わざるを得ない状況を少しだけ理解することが出来たんだ

 

日本の開戦時の状況とは違うのだけどね

 

 

皆が平等に認め合って助け合う世界というものは

 

人間という根源的に愚かな存在には、もしかして無理なのではなかとさえ思ってしまう

 

そこに経済という利権の仕組みが絡まり合って、一体誰が解決ができるんだろうか

 

それぞれにそれぞれの立場や歴史、想いがあり、感情があり

 

そして明日も朝起きて、仕事に行く自分がいるのだ

 

 

最近は今が一番幸せって思う

 

いやいや、これからが幸せ爆発なんだけど

 

せめて国々の庶民たちは、握手をしていたい

 

それでも人類が生き延びる限り、いつかは世界は1つになるのだから

 

その時のために無駄な遺恨は残してはいけないのだよ

 

少なくとも私はそうあるよ

 

未来はなぜか明るく勇気に満ちているからね

 

 

 

 

 

 

 

現代の信仰に思うこと

「人は弱きものだから」

 

この世には三大信仰の他にも様々な宗教に溢れています

 

私の生まれた諏訪は、古来より諏訪大社信仰が根付く地で

 

七年に一度の大祭「御柱祭り」を中心に

 

暮らす民の生活サイクルが出来ているといっても過言ではないのです

 

御柱祭りは山から切り出した樅木を、数百の氏子が

 

遥々山を越え川を越え人力で運び

 

最期は諏訪湖を挟んで2つある諏訪大社の境内に各4本、

 

まるで結界を張るように立て奉じるという一連の行事

 

何故に7年(正確には申と寅の年)に一度なのかと問われれば

 

一説には「とてもお金がかかるから」はたまた

 

「世代に引き継ぐには7年が長すぎず短すぎず」など諸説ございます

 

そのなかで神事に纏わるあれこれを生業としたり

 

奉納系の民間芸能が根付いたり、氏子として世代間を繋ぐ鎹となったり

 

良い意味で観光化されておらず、だからといって「神様神様」と妄信するわけでもなく

 

もしかして生活との境界線が曖昧なまま、その核心を掘り下げすぎることもない故に

 

本質が変わらぬまま千数百年、続いているかもしれません

 

 

変化する宗教というものもあるもので

 

信仰を利用した性的虐待、性差別による名誉殺人は現代宗教の大変残念な一面

 

ただ多分、その教え自体の根本はけして悪いものではなく

 

逆に人間の至らなさ・愚かさを愛し、諫めるものだったのだろうけれど

 

時を経るごとに人の手垢や欲にまみれてしまったように思うのです

 

だけれど愚かさだけではなく、真の部分で愛情を備えているものが人ならば

 

いつか本質に戻るような揺り戻しがあるかもしれないね

 

 

 

 

 

 

 

メメントモリ

「命のさいごを想う」

 

メメントモリという曲を昼間Youtubeでかけながら仕事

 

写真家の藤原信也さんの著書でもあります

 

「死を想え」という意味であるこの言葉は

 

ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘るな」ということでもあるらしいのですが

 

日々を生きていると うっかり忘れがちであるな

 

 

40代の私は同世代の友や親族をここ数年で亡くしており

 

個人的に「死」とは彼らに再び会えるちょっと楽しみなイベント事でもあるのです

 

私の世代はどうやらチャンス(?)がある限り、そして身体が動くかぎり

 

働き続けねばならぬ宿命を 幸か不幸か背負っているそうで

 

そう意味で「穏やかな老後」は鼻からあきらめているのだな

 

だから私にとっての「死」とは

 

今の団塊の世代の方の思うような「仕事のゴール」や「定年退職」のイメージが

 

なんとなく近いように感じるのです

 

やっと終わる~ みたいな  それまでがんばるぞ~ みたいな

 

いつか終わるしな~ みたいな

 

とはいえ、どのみち魂が肉体を離れることはそう簡単ではないのだろうけど

 

それが孤独で痛くて苦しくて 絶望の中で幕が引かれても

 

しかしながら 終わりが来なかった人は有史以来いないのだからね

 

どんな弱い人間も偉いことに みんな通過しているというわけだ

 

そこは完全に信頼してる

 

 

メメントモリ

 

だから明日も一勝負ってとこですね

 

それでも先に逝ってしまったみんなに顔向けできるよう

 

彼らより長く生き多分、何か面白い小噺のひとつもできるよう

 

小さな安心の幻想なんて糞喰らえかもよ

 

出来るだけ本気と真心でいこうではないか

 

なかなか厳しい世の中ですが、それまで皆さん駆け抜けていこう 

 

ご一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世は思うよりも優しく

 

「簡単なことを難しくしてしまうには人生は短い」

 

大学の友が教授を指して

 

「簡単なことを難しく話す癖がある」と表現していたな

 

テキストのことを「テクスト」

 

データー(今はもうこう言わない?)を「データ」

 

簡易で誰にでも伝わることがコミュニケーションデザインの基本なのだと

 

今は当然のように思うのだけれど

 

伝えるべき核心が脆いことを、敢えて難解にしかつめらしく飾る教授を

 

田舎から出てきたばかりの小娘は、なんだか馬鹿みたいに格好よく感じていたから

 

級友の核心をついた表現に、いとも簡単に惑わされる自分を恥ずかしく思うとともに

 

こうやって都会の人は値打ちをコイて、お金に変換をするのかと

 

田舎で地道に働きコツコツ仕送る母を むしろ愛おしく尊く思いました

 

 

時は過ぎて今

 

出来るだけ難しくなく、感覚的につかみやすく、親しみやすく

 

何かを伝えようと 私はこの故郷で働いております

 

どうやら2022年は波乱の年となるのだとか、ならないのだとか

 

諸説ありますが、どんな仕事をしても、どんな人と関わっても

 

真心かつ愛情たっぷりでいきたいな

 

そんな感じで行けば、この世はそれほど難解ではないのだと思うんだ

 

世界は思うよりも優しく 豊かで 楽しいものかもしれない

 

成果を出し続けることを良しとする価値感が

 

まだ、もうしばらくこの世を支配するかもしれませんが

 

この世に居る時間こそが尊いと思えるように

 

なれますように していくんだぞ2022

 

 

 

 

 

9年間の長野生活

 

「ただいまのあの日」

 

9年まえの今日、大阪から長野へ移住してきたのだ

 

移住というより故郷Uターンなのだけど、あの日到着した駅は今日より寒かった

 

母が駅に迎えに来てくれ、実家でお茶を飲みながら

 

お別れをしてきた大阪の兄さんが渡してくれた

 

実家へのお土産を開いて泣いた

 

 

兄さんは若くして会社を自営してたけど、リーマンショックの影響で経営状態はとても悪かった

 

それでも社員さんの給料を捻出するために、自分の手元にいつもお金がなかった様子

 

私は当初、東京の少し華やかな仕事をしてて、給与もそこそこいただいていた所からの

 

大阪移動だったから、真の部分では彼を理解してあげられてなかったや

 

でも 今ならちょっとはわかる

 

彼のお姉さんが「できない結婚ならキチンと別れてあげなさい」と説教してくれたこと

 

彼のお母さんにお別れを言いに行ったら「ごめんなさい」と言って泣いたこと

 

彼はどんな気持ちだったかな

 

でも沈む泥船から救命ボートの綱がプツンと切られるたように

 

私は長野に帰ってきたのだ

 

 

それからトンデモ体験やロクデナシ体験もあったけど

 

なんとかオナゴ一人、ハウスをほぼ現金で購入し

 

精神的にも経済的にも自立して、お習い事も数種類

 

一応正社員でキチンと納税して、保険各種もかけつつ働いている

 

隣りに誰かいたり、いなかったりするのだけど、未だ結婚はしていない

 

(ただしくはあれから1回失敗した)

 

彼の副業ブログは数年前にストップしたまま更新はされておらず

 

会社名検索にも引っかからず、正直生死は不明

 

でも思うのは大変エネルギッシュな人間だったので、この世のどこかで生きていたらいいな

 

おいらも色んな風が吹くけど、終わりが来るまで頑張るからさ

 

お互い生きていこう