ニッポンの宗教
「宗教家に思う」
コロナあり、戦争あり、震災あり
ここ5年ほどは、それ以前と随分この世が様変わりしてしまったようで
息つく暇もなく感じますが、もしかして先の大戦後から現代が
稀に平和なひと時なだけだったのかも
そして産業革命後、人の寿命が延び飛躍的に人口が増え、人権や平等が謳われ
だから我々はとても幸運なスポットに奇跡的に生まれたってだけなのかもね
*
とはいえ世が乱れるときにこそ、弱き人間が救いを求めるのは宗教だったりするんですが
こんな乱世に宗教家って何考えてんのかなー
最近キリスト教(神父さん)、仏教(お坊さん)、神道(神主さん)と
お仕事やプライベートで関わることが多いので、早速考察
*
キリスト教の皆さん、特に女性は全く動じることなく
神父さんがコロナに罹患して「もはやこれまで・・・」位の状況になっても
過度に心配するでもなく、なんなら鼻歌謳うくらいのスタンスにはちょっと脱帽というか
「日々の信心ってスゲー」って心底驚く
受難ってのが割と信仰の中で語られることが多いせいか
大洪水がきたわけでなく(その時こそ救いの手が差し伸べられる好機なの??)
今くらいのアクシデントは多分、想定の内内なのでしょうか
本当に彼らはガチの聖職者でした
*
代わって仏教
こちらも割かし平常心
「法事が減った、葬儀の簡素化」など
平時のお寺ならではの悩みの延長線上にある「今」って感じ
経営に影響はあれど、従来のお寺スタンスは変えず
粛々と状況を見て出来うる対応をする
なんというか彼ら自身は仏教の「信仰者」ではなく「伝道者」であり
まして「救済者」って姿勢のある方は少なく感じます
所謂生業ということだが(世襲制だからある意味お家芸的でもあるし)
でもあっけらかんとして割り切っており個人的には嫌いじゃない
長い歴史の中で神仏が集合したり分離したり、迫害されたり政治的にのし上がったり
まぁ色々あっての今ってこともあるのかな
*
そして神道
神主さんに関しては上記2つより社会的役割を担っている感が強い
ガチの信仰とは違い、しきたりとか儀式的な部分が多く
神社庁とか政府の号令に従って動いている組織の色が強いな
どうでもいいけど、昨今のスピリチュアル系の方は神社巡りが大好きで
私の地元でも境内で「勝手に祝詞」「勝手に奉納」してる姿も見かけますが
神社としはどう感じているのかな
ちなみに私の所属する和楽器団体も年2回奉納演奏してたんですが
コロナ中は自粛要請、その後もフンワリとお断りされてる状況
仲良し神主さんは「ああいう奉納は勝手にやってる」と一刀両断
(ちなみに奉納演奏をしてるのは彼には内緒♡)
良かれと思ってるみなさん、ちょっと目を覚ましましょうって感じですよ
神道に矜持はあれど、心まで持ってかれるような距離感ではなく
ある意味信心深い皆さんとも、良い距離を保ってるのが神道か
*
昨年は新興宗教の教祖様が立て続けに身罷られ
なんだか信仰難民が増えそうな日本国
乱世で個人主義礼賛の現代ですから、心が寂しく不安になる人も多そうです
個人的には「神様は自分の中にいる」派ですので
近くに宗教家さんがいても、何処に寄るわけでなくノホホンと過ごしてますが
こんな時代には信仰がある方が強いかもなーとも思うのです
昨今のトンデモ説やスピリチュアル傾倒も「生きることの頼りなさ」を
皆抱えてるからでしょうし
なんだか日本経済沈没と合い余って終末思想っぽくなってる今
本気で人類救済の時ですよ とお伝えしたい
まぁ、人ごときに出来ることは少ないし
生きることの本質は「未知(不確定要素)への挑戦」というのは1つの真理でもあるけどさ
心の方向性で好転してくことってのも、あるもんだから
ハナちゃんの向上心
「明るく力強い直観」
うちの会社は田舎にあって少々ポンコツ弱小企業
社長は働いたことないジュニアさん(でも銀行さん交渉と節税には熱心だから良し)
まぁ働いてるスタッフもノンビリダラリ、業種は斜陽産業だよ
私といえば月額制で振り込まれるお安めの給与を、BIのつもりでいただく代わりに
成績は落とさず粛々と
かといって不振に悩む諸先輩方より目立って働くほど不心得者でなく
日々の社外活動や個人仕事を軸に、付かず離れずやっております
**
でも仕事を通してスタッフと関わってると「この人はすごいな」って方もいるんだな
出産の後、時給で働き始め契約社員になったベテランの女性ハナちゃんは
20年勤続表彰で「自分は待遇さておき頑張るから、社長もそのつもりで雇用せよ」と
かっこよく啖呵を切ったり
不良事故が起こる前に適切なタイミングで確認を取ってきたり
「こんなタイプが正社員や管理職だったらな」と思ってみております
でも何故かこの世って、時代や性別、タイミングや置かれた環境で正常に作動しないんだ
そこが正常化するだけで国力はアップすると思うけど
**
そんなある日
アタシがディレクションした書籍が外注の製本屋から上がってきて
勿論その出来は素晴らしく、キャッキャ言いながら皆に自慢してたんだ
それを見てハナちゃん「その製本屋はどこにある?土日に修行に行きたい、本気で」
「修行だと思ってるから給料はいらない」「自分にもそんな技が欲しい」って
正直、他のスタッフさんは残念ながらその日をやり過ごすようなモチベーションな方々だから
彼女の発言はちょっと凄いことなのです
御年60歳手前
そんなことを、こんな会社(失礼)の中でキチンと言える彼女は素敵で
そんな熱い想いを臆面もなく伝えてくれるって
ハナちゃんの中で私もきっと「熱いヤツ」なんだ
だから言ってやりましたとも
「人生の成長に限りなし、うちの会社が存続しているうちに出来ること、やりたいことはやっとこうぜ」
そういう自己成長を勝手に繰り広げるパーソンが集まると
きっと良い組織になるんだろうな
残念ながらアタシは人事採用の権限がある立場ではないのですが
彼女の在り方を私は大切に応援しようと思うのだ
**
これからの世の中、こんな人物が年齢も性別も国籍も関係なく
ボーダレスに依頼を受けて働いたり、縦横無尽に仕事を掛け持ち働いていくんだろう
ここ十数年は企業ブームでしたが、これからは時代の流れは益々早く価値感も変化し続け
資源問題や地球環境の変化も著しく、都度都度の変化と機転が重要なので
大きな資源を投入して1つのことを極めて働くことが少々困難になる気がするのです
とはいえ、自分の頑張りとは別に
どこでゲームオーバーが来るかなんて皆目見当もつかないからさ
いくつかある中で1つ位は、儲からなくても好きなことで働いてた方が良いと思うよ
(そんなに好きでもない男に浮気されたら目も当てられないのと同じことだ)
でも、いつでも人生の活路を開くのは、ハナちゃんみたいに自分に限りを付けない
「パッション」かもしれないね
明るく力強い(そして思い込みではない)直観
困難でカオスなこの世を明るく照らす光なのだ
インターステラーと父
「死と愛と」
父は40歳で胃がんを患い死んだ
4人の幼子と専業主婦の母を残し なんとか生きようとしたけど
最期は主治医に「死なせてくれ」と懇願していた
そのくらい苦しんだ父ですから、「死」というものにどんなイメージを持って
あの世にいったんだろう
そしてその時をずっと見続けた私は
これから「死」をどのように捉えて老いていけばよいのか
そのアンサーともなる体験と映画作品のお話
*
その映画は科学好きな友人に何度か薦められていたけど、ずっと観ずに過ごしてた
長野にUターンしてしばらく実家に寄生してた時期(働いてはいたよ)
私が過ごしたのは父の部屋
小さなころからメカ好きで、理系大学には進んだものの
家庭の経済的理由から受けた奨学金をチャラにするため、教職に就いた父
でも個人として研究はずっと続けていて部屋の押し入れには
なんだかわからんメカが一杯詰まっていたな
死病の枕元には科学系の雑誌 それだって読む体力は残されてなかったけど
だからお棺に横たわる父と共に納めて 燃やした
残された部屋の壁の一面は本棚で生前は難しい本がたくさん並んでいた
私のベッドはその本棚の隣に置かれていたんだけど ある夜
*
本棚の奥で父が強い想いで私に伝えている
「死ぬという現象は『変化』だった!」
「無くなることはない」「拡大だ」
不思議の国のアリスシンドロームではないけど、父は生前の通りのサイズだけれど
イメージでは本の間を押し分けて 押し分けて 私に伝えている
「それはすごい体験で、それがわかったことでたくさんのことが解決した」
「だからこの世に想いを残す暇はない」「ずっと先に進化していく」
なんのことやら
***
この手の夢は時々自分の意志とは無関係に見るのですが
この夢の中に音も時間もない
言葉は一瞬で私の中に飛び込み(体験する)、私の頭だけでなく体として体感する
そしてこうやって言葉に変換する段階で、その塊をほぐしていく
亡くなった方が出てきて伝えたいことがあるときは、この方法が多い
***
「いつも同時に存在してる」「ただ見えないだけ」
そしてさ「おまえをとても愛している」だって
科学の進化と愛は同じ方向でいられるということだ
そして行ってしまった
*
この夢を見た翌日、不思議少女の義妹のヨウ子ちゃんが「姉さまコレ見て」って
渡してくれたのが「インターステラー」のDVD
映画の全ては言わないよ
でも私は私の見た夢を「夢」で終わらせなかった父の最期の人1撃
痛快である
だからその日から「死」は恐れるものではなく
生からの自暴自棄的逃亡でもなく
その日が来るまで 精一杯この歪で不完全なこの世界を楽しもうと
なんだか父らしく、あの日の父の死の意味は
こうやって伏線として拾われていくんだな
バカバカしいですか
でも私の中でもう偶然はなくなっているんだ
しかし我々のど真ん中は「愛」なんだな
10年ぶりの手紙
「人生のやりたいこと1つクリア」
別れた旦那さんからのメッセージが10年ぶりに届いたよ
携帯アプリの何処かに埋もれてて、偶然発掘されて
それはたまげた
大阪から長野に帰るSNS投稿を見ての連絡だったらしいのですが
なんだかちゃんと動向を見ててくれたんだな
即返事しちゃって、即返信が来てしばしお喋り
どこかぎこちなく、パーソナルスペースにけして踏む込まぬやりとり
ただお互い元気でやっていたことに安心したよ
*
夫婦の信頼が揺らぐ出来事があってから
続くであろう描いてた人生は、足元から無くなってしまったように思えた
それから色々な人とお付き合いしても
旦那さんとのそれからを 何処かの誰かと続けようとしてた私は
当然ながら誰ともうまくはいかなくて
そんな失礼な経験を積んで積んで
私はもうやめようと やっと最近決めたんだ
だから罪な男だよ旦那さん
そしてそんなに好きなら なぁ
だがしかし あの時の自分は白黒つけたくてな
くやしさと愛情の両立できるほど大人でもなくて
子供もまだ生みたくてな
多分タイムマシンしても無理だったと思うので
いいのだ
*
男女だからうまくいかないことはある
どうしても男女の枠 結婚の枠 夫婦の枠
枠というより社会的な役割や思い込みが出てきてしまうので
それを超えて人と人として 私は彼をとても素敵な奴だと今でも思ってるから
全部諦めた今 またこうやって細い糸でつながれて私は幸せだ
そうじゃなきゃ、私会いたいって言ってしまうかもしれないよ
そしたらまたきっとつまらないのかもしれないし
*
10年目の手紙が届いたんだ
捨てたもんじゃないよ この世界というやつは
神様にありがとうを言うよ
そして寂しがりな彼に野花のような優しい娘が
きっとそばにおりますように
そんなこと聞いてないけど、言う人じゃないけど
自分のことより 幸せでいてほしいって 今未だ思ってるんだ
お金の支配力
「力強まってますな」
産業革命以降、この地球上の人口は増え続けている
これは命が大切に生きながらえているこという良いことだね
だけれどソレを下支えする「お金」「経済」というものも巨大化しているということだ
最近少し思う だけど口に出さない ぼんやり考えることは
我々は果たして幸せに生きるために 拡大しているのかい
国の言う人口減少対策の目的は
生産力と消費力と納税力 つまりは国力のためであって
あの頃の富国強兵を少し想起してしまうな
東京オリンピックを2度繰り返してみたくなるみたいな
安易さも含めて
*
私たちは短い一生でも不安もなく始終安定して過ごすことなんて
きっと本当はとてつもなく難しいのだ
貨幣経済もここ数年は世界的にどん詰まり感あるしな
地球が生まれ 人類の束の間の有史の中で
一瞬
人間が安定的に増えた奇跡的な時間がここ百数十年年くらい
その中で我々は何かを見失っているよな
生産力とかコストパフォーマンスだとか最短とか即効性とか即戦力とか
自分の真ん中の柔らかい温かい部分を
本当にみんな、どこのどの存在に捧げているんだろ
多分「有能でないと人生から落語する」って謎の恐怖でしょ
そういうの 糞な支配層が言いそうな戯言ですよ
人が誰もが持っている劣等感を競争を煽り 恐れで操る
そして横並び同士を監視させ 足を引っ張り合い 自分で考える力を削ぐ
その先に本当の幸福はあるんだろうか
そんな支配構造はメディアも企業も政治も そろそろ時代が淘汰するよ
何故ならこの世の全ての色々は この世を幸せにするためにあるのだからさ
振り子は常に中庸を示すべく 大きく振れて また揺り戻すのだ
*
志と行動を意識的に揃えていかないと
なんだかこりゃまずい感じがしますよ
出来れば同じ方向性の仲間と共に進めるよう
今時代はすんごく動いてる
亡くなる方 去る方 変化する方 たくさんいるはずだよ
