ケンジさんとは、10数年前にある会で知り合った。
その後数年間は疎遠になっていたが、あるとき道でバッタリ出会い
それからたまに連絡が来るようになっていた。
ケンジさんは北陸地方の小さな町で生まれ、幼少時代に、
子供のいなかった叔父夫妻のところに養子に出されたと言っていた。
しかしいろいろと複雑な事情もあったらしく、育ての親である叔父夫妻とうまくいかず
10代の後半から10年近く、ある宗教団体にドップリつかっていたらしい。
「洗脳されていた、その時はわからなかったけどね」
と言っていた。
ケンジさんは東京に身寄りは無く、アパートで独り暮らしをしている。
仕事も転職を繰り返し、今は駅売店にスポーツ紙を配達する仕事をしている。
「毎月10万いけばいいほうですよ。ギリギリ以下の生活だよ」
ケンジさんは昨年、胃がんを発症した。
胃を3分の2摘出する手術を受け、徐々に回復しているかのように見えたが
今年になって腸に転移し、人工肛門の手術をした。
「銭湯に行ったら、湯船に入らないでくれと言われてしまってね・・・
今の人工肛門は絶対に漏れないようになっていて、清潔なんだけどね。
風呂屋に行ってもシャワーしか浴びられないんだよ」
ケンジさんは淋しそうにつぶやいた。
「ずっと通っている銭湯なんだよ。番台のおばちゃんとも顔見知りなんだよ。
そのおばちゃんに言われちゃったの。
まあ、こんなの付けて湯船入ったら他のお客が嫌がるだろうから
仕方ないけどね」
と、前回会ったときにケンジさんは言っていた。
そのケンジさんから連絡があり、久しぶりに会った。
この前に比べ、かなり痩せていた。
そして今日も、すり切れた服を着ていた。
ケンジさんはオレと喫茶店で会うときもいつも
モノをいっぱい詰め込んで破けそうな黒いスポーツバッグに
すり切れた、あるいはヨレヨレの服装で首にタオルをぶら下げた姿で登場する。
外見に無頓着なのであろう。
「ケンジさん、僕の着なくなった服がたくさんあるんですけれど
もしよかったら・・・・・」
と喉まで出かかる言葉を、失礼かもと思い、いつも飲み込む。
きっと余計なことなんだろう、と思う。
「腸閉塞になってしまってね。モノが食べられない、全部吐いちゃうんだよ。
もう仕事もできない。
ここ数日の間に入院すると思う」
声がかすれて、話すのも楽ではなさそうだった。
「今回入院したら、もう出てこられない気がする。
お金もほとんど無い、あとは死ぬだけ」
「そんなこと言わないでくださいよ・・・」
生活保護や医療費などを、とりあえず区役所に行って相談することをすすめた。
ケンジさんの今回の人生のストーリーは
予定通りのことなのだろうか?
ケンジさんのスピリットに思いを巡らせてみる。
忘却のステージで、いまだに右往左往している自分のことだってままならないのに
他人の魂のいきさつなんて、分かるはずがない。
同情や共感だって、自分の勝手な解釈でうわべのものかもしれない。
「本当の意味では、この世には自分以外は存在しない」
と誰か言っていたな。
目に映るものがすべて、自分の心の投影だとすれば
ケンジさんだって、オレ自身の何かの投影なのかもしれない。
「AZさんと会うのも、今日が最後かもしれませんね。
ちょっとビデオ撮らせてね」
と言って、オレを撮影し始めた。
「PCに入れて、病室で観させてもらうよ」
「僕もケンジさんの写真撮らせてください」
病院名とアパートの住所も聞いておいた。
「ウチはネズミが出るから来なくていいってば、ははは」
「ケンジさん、経過報告の連絡くださいね」
「うん。AZさんも元気でね」
じゃあね、と手を振って
ケンジさんは雑踏の中に消えていった。



























































































