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宮崎出身、東京の隅っこ在住
去年、アラカンの仲間入りした3人娘のマザーです。三女が高三のときに最後のお弁当記録にと始めたブログも10年目。
気づけば相方さんとシニアわんことの2人と一匹暮らし。長女と同じ職場でフルタイムで働くズボラ主婦と承知の上で、オシャンティな生活に憧れてるフツーのおばはんの日常を綴ったブログです。
先日、次女が結婚式を挙げた。
私ら夫婦が、何かと思い出深い軽井沢とか横浜・・・、何なら旅行気分で沖縄とかで挙げてくれると嬉しいな~~と提案していたら、娘から軽井沢でどうしても挙げたい教会が見つかったからそこで挙げるからと報告がきました。
11月に入籍は済ませてあったので、まだまだコロナ禍での決断だったものの、5月には5類への移行が決まっていたので、きっともろ手を挙げて堂々とマスクなしで式も披露宴も執り行われるであろうと予想してました。
ところが巷じゃマスクをつけている人はちっとも減らない感が否めないのよね。
私は、勤務している職場が人の出入りが少ないこともあり、ほぼ5類移行と同時にマスクを手放した身。
正直言って、この劣化した顔面(ほうれい線が思いの外深くなっていて驚愕したからね)を少しでも改善できればって一心です。
それは、この挙式までが一つの目標でもあったわけです。
結果は大して変化なしでしたけどね
そんな結婚式では、きっと感極まって、涙、涙で過ごすのではないかと予想していました。
娘ら3人をほぼワンオペ育児していたと自負している私
仕事も趣味も手を抜かない相方さんだったので、運動会やその他行事はいつも私1人でカメラとビデオを二刀使いしてたし。
次女の中学や高校の卒業式では保護者の席に着いたと同時に娘が退場するまでの間、鼻水と涙で顔面ぐちゃぐちゃだった記憶もある。あの時は花粉症が酷くて~って誤魔化して、やり過ごしてたけど。
今回は流石に時期も違うし、結婚式でなんてマスクは付けないので、かなりの覚悟をしてました。
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ところがです。
教会に入ったと同時に長女が何かにとりつかれたのではないかと思うくらいに、滝のような涙を流し出したではないか
本人にもなぜこんなに涙が止まらないのかわからないって言うくらい嗚咽しながらの号泣。
私としては
え?
あんたらって、そんな仲良し姉妹だったとか、逆に犬猿の仲だったとか
、なんか感極まる様な関係だったっけ?
って驚いたのなんのって。
完全に私が感慨深く、涙腺が緩むタイミングを逃しました。
その後、気を取り直して、相方さんと2人は教会の入り口へ移動。
私は娘のベールダウンを仰せつかっていたので、娘を前にして、
一言かけてあげてください
と係の方から言われたので、
たわいもないいつもの言葉をかけつつ
教会の中ではすでに長女が号泣してるよ
ってちょっと笑いを取りにいったつもりが、なんと後ろで待機していた相方さんが、バージンロードを歩くのに半端ない緊張感でたちすくんでいたんだけど、気づけば鼻水を啜る音が響いてきました。
そうです。
このタイミングでも、先に泣かれてしまい、完全に出鼻を挫かれました。
よって挙式中、私は最後まで涙することはなかったです。
ただ披露宴で、最後の最後
お決まりの花嫁からの手紙の朗読では
学生時代、私が6時半に仕事でうちを出ていた時も欠かさずお弁当を冷食なしで使っていたことや、色んな夕飯のリクエストに答えて使ってあげてたことを話してくれた時は
わ~っ!とあの当時の感情が湧き上がって来ました。
あの頃はお金にはかなり不自由させたけど、お料理だけは手を抜かないって心に決めてたからね。
気づけば涙腺は崩壊してましたが、それ以外は、ず~~っとまるで夢でも見てる様な感覚でいました。
で、出鼻を挫いた張本人の長女はあの後、完全にカメラマンに徹してくれてたくさんの素敵なショットを撮ってくれてましたけど。
私のお気に入りはこれ
宮崎から上京して来てくれた母とのツーショット。
多分思い出しても母とのツーショットなんてないんじゃないかと思うから。
二人とも笑顔のこのショット。
今回の写真では1番のお気に入りです。
まだまだ、いろんなハプニングがあった結婚式ではありましたがまずは、泣き虫の私が泣けなかったってお話でした。
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