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Ayanosuke

中学の歴史の授業でキリスト教に興味を持ち始め、オーストラリアの日本語教会で洗礼を受けクリスチャンになりました。
そんな私がミイラ取りからミイラになり、ミイラになり切れなかったことを感じた記録です。

私はクリスチャンになる前、進化論を信じていました。

ですので、聖書の始めで『神が人間をお造りになった。』ということが理解できませんでした。

 

その私の問いに牧師先生は

「人間が猿から進化したなら、人間は猿を崇拝するはずだ。」

と言いました。

 

そして、いただいた聖書に関する小冊子の中に猿についての記事がありました。

 

猿まわしの猿は人間の言うことを聞くけれど始めから聞いていたわけでは、ありません。

野生の猿は、人間が押さえ付けようとすると歯をむき出しにして向かってくる。

猿の抵抗心をなくすために「根切り」をします。

根切りとは、猿を徹底的に痛めつけて歯向かえなくする。

何度もこれを繰り返すと、猿は次の瞬間からコロッと態度を変えて、人間の言うことを聞くようになる。

 

というような内容でした。

私が猿まわしの猿を初めて見たのは中学生頃だったと思います。

芸をするお猿さんをかわいい!あんなお利口さんの猿がほしい!と思っていました。

けれどその時は、舞台裏でこんなことが行われていたとは夢にも思いませんでした。

 

人間は猿を崇拝しない。

それどころか、痛めつけて人間が操る。

それを知った時、もう私の中に『人間が猿から進化したということは、ありえないこと。』となりました。

 

ところで、聖書の創世記では、天地の創造と生き物の発生について書いてあります。

第1日目 光を造った。

第2日目 空を造った。

第3日目 地上と海を造った。地上に植物を生やした。

第4日目 太陽と月と星を造った。

第5日目 海と空の生物を造った。

第6日目 地上の生き物を造った。

第7日目 自分の造ったものに満足して休んだ。

まとめてみると、生き物の住める環境を用意してから、生き物を造っています。

生き物が造られた順番を見ると、海から陸へ移ります。

 

私が習った進化論も、海から陸へとなっていました。

創造論と進化論は矛盾しない。と思いました。

私が洗礼を受けた時、イエスが神だという確信はありませんでした。

人として生きた人が神なの?という感じでした。

 

教会ではよく「三位一体(さんみいったい)」という言葉を使います

 

『三位一体とは何か?』

 

キリスト教における神は唯一の存在であると同時に三つの異なる姿を持っているとされ、「父」「子」「聖霊」と呼ぶ。

 

なぜそうなるのか、よく分かりませんでした。

 

私が一番腑に落ちた説明は「水」を使った説明でした。

水は温度によって、液体、固体、気体に変化します。

温度によって状態が変化するだけで、化学式は変わりません。

このことから、唯一の神が「一つの本質(化学式)と三つの位格、父なる神、子なるキリスト、聖霊(液体、固体、気体)」を持っていることを意味する。

と説明することが出来ます。

 

父なる神は、『初めに、神が天と地を創造した。創世記1:1』

子なるキリストは、『神である主は蛇に仰せられた。「おまえが、こんな事をしたので、おまえは、あらゆる家畜、あらゆる野の獣よりものろわれる。おまえは、一生、腹ばいで歩き、ちりを食べなければならない。

わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」創世記3:14~15』

聖霊は、『地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。創世記1:2』

 

子なるキリストの中の『彼』とは、イエス・キリストのことを指しています。

最初に創世記を読んだ時は、特に気にしていませんでしたが、この時から神は人類にイエス・キリストを送ることを約束していたのです。

 

これでやっと長年の疑問が解けました。

 

ハヌカー祭は、宮潔めの祭り、光の祭りとも呼ばれます。

 

ユダヤ暦キスレヴの月(11月中旬から12月中旬)の25日に始まり、8日間続きます。

 

セレウコス朝シリアのアンティオコス4世は、ユダヤ教を禁止して、エルサレム神殿を汚しました。

しかし、紀元前164年のキスレヴの月25日に、ハスモン家のユダが軍を上げて、エルサレムを奪還します。(マカベア戦争)

神殿を取り戻し、宮潔めの儀式(ハヌカー)を執り行い、再びユダヤ教の神殿としました。

ハヌカー祭はこれを記念する祭りです。

 

「ハヌキヤ」という8枝の燭台に一夜に一灯ずつ右から左へと火を灯していきます。これは奪還したエルサレムの神殿に、マカベア家の人々が燭台に火を灯そうとした時、燭台の油壺には1日分のオリーブ油しかありませんでしたが、奇跡が起きて灯りは8日間燃え続けたという故事にちなんだものです。

 

学校は休みになり、プレゼントを交換したり、独楽を回して遊びます。

独楽には「ここで偉大な奇跡がおこった」というヘブライ語のイニシャルが書かれています。

また家庭では、チーズを用いた料理やポテト菓子が振舞われ、祭りを彩ります。

 

参考文献 ユダヤ教 カス・センカー