久しぶりにコメダに来た。
約2週間ぶりだ。
よってこのブログも久しぶりだ
実はこの間、俺としては大変なことが起きていたのだ。
この間のことを書き起こすには、なかなかの労力が入り、俺の筆力でできるのか若干自信が無いが、一応トライしてみたい。
今回の問題となったのは、彼女が自宅でやっている高校生の下宿屋での、彼女と生徒の間のトラブルと、その生徒の両親との争いである。
俺は彼女とは3月12日(土)に会って、「やり過ぎ」で俺が怒って、その後彼女からの電話でかろうじて繋がっていたが、21日(月)に彼女からの電話中、彼女の近況を聞いたところ、普段から問題のある生徒とトラブルになり、生徒が大声で彼女を怒り、周りを蹴って彼女を威嚇したので、彼女はそれ以後この生徒が怖くなり、落ち着いて家に居れなくなったと言う。俺には迷惑をかけたくないので言うまいと思っていたが、俺が近況を聞くのでつい言ってしまったと言う。
そして、生徒に下宿を出て行ってもらおうと、父親に電話をしたが取り合ってもらえなかったと言う。
俺は彼女が心配になり、彼女に俺の家に来て寝泊まりし、晩だけ俺が車で彼女の家に連れ帰り、この生徒合わせて4人の晩御飯と翌朝の食事の準備をして、また俺の家に連れ帰ることを提案した。
そして、彼女が学校に相談すると言うのに賛成し、そうするよう勧めた。
そして彼女は学校に電話し相談したが、学校は親に電話し彼女の意向は伝えたが、法律問題になるので、これ以上タッチできないと言われたと言う。
またその後、生徒の母親から彼女に電話があり、契約書を作れと執拗に迫られ、いまさら作らないと自分も言い返し、喧嘩になったとのこと。
実は問題は、この生徒だけではなく、その両親が生徒の何倍も問題保護者で、いわゆる超モンスターペアレントあるいは超クレーマーとも言うべき人達だということで、彼女はこの対応に以前から悩んでおり、俺もこの生徒が入った2年前から心配し、陰で彼女を助けていたのだ。
多分学校もこれが分かっているので、逃げているのだろう。
また余談だが、彼女が、生徒との言い合いの時生徒が怒鳴ったのに、こちらもそれなりの応戦をしたと言い、母親とのやりとりでも負けずにやり合ったと言い、初めての経験と言い、自分でも驚いていた。
まあ要するに、彼女は俺から言ったら、幼少期父親から受けた暴力により、大きい声や暴力的な声を怖がるトラウマから、俺との付き合いで多少とも脱却し、怒りの感情が出せるようになってきたということか。
そして彼女は、学校と母親とのやりとりの翌日(水)の朝、汽車で俺の家に来た
そして1日俺の家にいて、晩には俺が車で彼女の家に連れ帰り、彼女が生徒の晩ごはんと翌朝の朝ごはんを準備して、またその足で俺の家に連れ帰った。
翌日(木)も1日俺の家にいたが、その晩いつものように俺を不快にさせる彼女の言動があり、俺は無言のまま怒って、いつもの、これで終わりという態度で、翌日(金)の朝、汽車で彼女を家に帰した
しかし前記の通り、一応彼女との関係を切り家に帰したものの、やはり俺は彼女のことが心配になり、翌日(土)の朝電話をしたところ、彼女は俺が帰した日に、昼スーパーで買物中ふらついてベンチで横になっているところを、コロナと間違えられて、救急車で一時入院したと言う。
彼女は今までも困難があると、俺から言うと、病気に逃げ、救急車で運ばれることが何回もあったとは聞いていたので、またかとは思ったが、それはそれとして別の話で、学校の先生から電話で、その日の夜7時に生徒の両親が彼女の家に来ることになっている、
彼女1人では怖いので、ついては俺に家に来てくれないかと言う。
俺もその日は土曜日で、遠方の親は今日ごろ来るのでは無いかと心配で、朝のうちに電話したのだ。
そして、彼女の家の近くで車の中で待機しているとか、彼女の家の別室で待機してるとか、いろいろ考えたが、最終的には行って俺も立ち会うことにした。
その時に浮かんだのだのが、「義を見てせざるは勇無きなり」と言う言葉だ。
俺はこんな言葉を覚えていることさえ知らなかった。
俺の幼少期に母親か俺に植えつけたのだろう。
俺はびっくりした。トラウマ解消で深い古い記憶がよみがえったのだろう。
ちなみに後から調べたところ、これは論語の孔子の言葉のようだ。
まあそれはそれとして、俺が心配したのは、俺が行けば必ず向こうと喧嘩になるということだ。
俺は今まで、その父親の様子を彼女から聞いて知っており、攻撃的で相手の非をつき、問題をすり替え、自分勝手なことを平気で要求し通す男なのだ。
それに加えて母親はもっとひどいと学校も言うほどなので、そういう奴らと対した俺は絶対負けたく無いし、負けない自信はあった。
しかし喧嘩になれば俺も興奮するし、それは嫌だし、話がまとまらなくなり、出てもらうという決着がつけられない。
また暴力を振るわれたりすれば俺は弱いので、最後は警察を呼ぶことを考えた。
それと俺は行くことを決めてから数時間、この対決を想定したが、向こうは居住権等を言って出ることを拒否するか、出るなら補償をせよと言うのは既に分かっていた。
母親は先の電話で、契約書を作れと、いまさらながら彼女に迫っていたのだ。
まあ居住権と何ヶ月か前に言わなくてはならないということだろう。
俺が調べたところ、同じ棟でもあり、下宿屋なので借家法上の借家にはならないと考えられるが、俺から言わせると、食堂も風呂もトイレも一緒で、自分が悪いのにその後も謝りもせず、まだ音を立てたりして威嚇的な態度をとっている生徒に退去を求めることは、家主の安全安心を守るためには当たり前のことで、向こうが裁判をチラつかせているようだが、それは彼らの常套手段の脅しと分かっていた。
しかし俺はこの現状では、向こうが出ると言わない限り、いくら言い合ってもこちらはどうしようもなく、彼女の安心は無い。
実はこの前から数日間、ずっとこのことを考えていたのだが、彼女との電話で行くことを決めてからもずっと考えていた。
そしてある瞬間、いい考えが浮かんだのだ。
それは、生徒の部屋を外側からロックして入られないようにすること。
方法は、外側の壁とドアに木を打ち付けて、外からドアが開かないようにすること。
こうすれば、生徒が学校から帰って入ろうとしても入れない。
これをこちらが退去を求めている、下宿代が払込済みの3月31日(木)ーちなみに今日ー、までに出なければこれをすると、両親に通告しておくのだ。
これを思いついて俺は勝ったと確信した。
訴えるなら訴えたらいい。
法的には裁判にしないと決着しないし、どうせいつもの彼らの脅しだし、訴えればもっと問題が大きくなり、彼らのひどさがおおやけになるし、彼らは絶対できないと確信した。
そして、大きい声はしても興奮せず、上から目線で対応できるイメージができた。
そして自信を持って、彼女の家に約束の2時間前くらいに行き、彼女にこういうことを話しながら、くそ親待った。
~続く~