またコメダに来た。
3日ぶりだ。
今俺はどう書いからいいか、戸惑っている。
何かというと、一言で言って、子供達との確執ができたということか。
あるいは、今まで俺が無視されて来たことが、表面化したということか。
何かと言うと、俺を敵対視する、4人の子供達と俺や元妻と同じ地域に住む妻の兄弟2人による包囲網が、元妻を中心にできており、今回元妻の死により、それが顕在化したということか。
俺はそのことは、妻と別れてこの間、彼らとのわずかな接触の中で感じて来ていて、子供達には全く期待していなかった。
しかし、最近少し子供達の様子が変わり、中の2人の息子は家に帰って来たりし、少し交流が出て来たところだった。
しかし、その間にも元妻の話はタブーで、どちらからも話題にしなかった。
今回元妻が倒れて入院したところで、即日遠くからも含めて、4人が帰宅し俺の家に集まった。
そして元妻の様子を聞くうちに、俺は元妻が少しかわいそうになって、子供達の立場になって、あんな寒い日の夕方に墓なんかに行くのが馬鹿だというようなことを言った。
そしたら多分40過ぎたと思う長男が、そんなこと言うなと俺の発言をさえぎり、一瞬空気が止まったが、次男が間をとって話
を続けその場は収まった。
俺は、俺の家で俺が何を言おうと俺の勝手だ。気に入らなければ家を出て行けと言いたかったが、胸に収めた。
こういう場面が2、3回あったが、その後長男も俺にすり寄ったりしてなんとか都合3日間折り合いをつけていたが、元妻の死亡が確定してからは、様子がガラリと変わった。
子供たちはその前から病院に張り付いており、元妻の死亡に立ち会つた後、俺にそのことを電話して来てから、夜中俺が寝ている中でそれぞれの荷物を運び出し、それ以後帰って来なくなり、今後どうするのかも言わず、どこにどうしているのか、葬儀の場所さえ俺が聞くまでは言わなかった。
俺はそれで、俺には来て欲しくないのだろうと推測し、行くまいと思っていた。
そうしたところへ、通夜があるという日の朝方、長男から電話があり、俺は来ない方がいいと言う。理由は言わない。
俺は、その時は、はっきりしてもらった方がいいと、返したが、後から腹が立って来た。
俺はそれまでは、子供達のバックアップをしようと、家にずっと待機していたが、アホらしくなり、また子供達も必要がなくなり、連絡もなくなっていた。
そう言うことで、俺は葬儀の日には、不参加にしようと思っていたテニスの市内の大会に予定通り出て、最高齢ということでケーブルテレビのインタビューを受けたり、市内の初めてのカイロプラクティックの治療院に行ったりした。続く