元妻の死亡 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

久しぶりにコメダにいる。

4日ぶりだ

 

実は昨日の夜、元妻が死んだ。

息子らの話によると、残っていたドライブレコーダーの記録によると、一昨々日夕方、実家の墓に行って、そこで脳梗塞が起き倒れて、そのまま翌朝の10時ごろ人に発見されて救急搬送されたらしい。

 

そして、一昨日、昨日とかすかに意識があるような状態から、このまま同じ状態で推移するかと希望的に思っていた矢先に、意識が全くなくなり、呼吸が荒くなり、最後に子供達4人に見守られて逝ったようだ。

 

元妻はもともと脳梗塞の恐れを口にしていて、用心深く医院にも通っていたように思うが、倒れたと思われる当日の夜は、急に寒さが増して来て、俺もコメダに居て足が冷えて来てガックリしていた頃だ。

 

元妻はひどいマザコンで実母と一体化しており、これが俺が元妻とずっと別れたかった遠因だが、これがたたって寒い時にまで墓の母親に会いに行くという愚行をし、死に至ったということだろう。

 

だぶん墓参りは今まで再三していたことだろう。

今回息子たちに聞いた、元妻が住んでいたアパートは、その墓地霊園に近いところなので、わざわざそこを選んで住んでいたのだろう。

 

それはそうと、3人の息子と末子の娘の4人の子供達が俺の家に帰ってきたのだが、家を出て調停を申し立てる約3年前から、子供達とは疎遠になっており、ここ最近になって3人の息子達とは、向こうから濃淡はあるがアプローチがあり、多少交流があるようになっていた。

 

しかし、俺は元妻の居場所や動向は全く知らされていなかった。

聞いても口止めされているようで、この話は嫌がっていた。

 

そういう中で今回聞いたのは、元妻が子宮ガンに罹り、一度手術したがこの最近再発が分かり、病院に行ったばっかりだという。

 

俺はたまたまカラオケ喫茶で彼女の知り合いから、子宮の手術を受けたとは聞いていたが、まさかガンとは知らなかった。

 

まあそれはそうと、もともと子供達はほぼ全員が、元妻と一体化したところがあり、元妻が家を出た後も、それまで以上に交流していたであろうことは、ずっと想像していた。

 

そういう情報交流のない孤立した中、急に帰ってきた子供達の中で、俺としてどういう態度をとったらいいか多少の戸惑いがある。

 

この戸惑いは、多少面倒なので別に章を改めて書こうと思う。