俺の、女性に注目され、モテるだろうという感情 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

またコメダにいる。

 

今日は女性客が多い。前に俺くらいの歳の4人組、隣は顔は見えないが若そうな2人組。遠くにも女性が多い。

やはり女性が多いと、雰囲気が華やぐ。

 

それとさっき来た店員の20代の女性、必要なこと以外話したことはないが、感じがいい。

顔も可愛い。

 

そう言えば、俺の中学から高校にかけての初恋の女性に、少し似ていることに気がついた。

彼女とは高校3年間、遠く離れた高校だったので文通し、長期休みの時に彼女の家で何回も会ったが、この通り俺が女性に対して受け身で話しもできず、もちろん手も出さず、たぶんそのせいで相手にされなくなった。

 

しかし、俺は初めて一緒のクラスになった中学2年の時から、彼女が行くという大阪へ、志望大学を変えて行った大学2年ごろまでの7年くらい彼女が好きだった。

いつも彼女のことを思っていたが、会うと何もできず、彼女を失望させたのだろう。

 

中学時代には個別の付き合いは無いが、はたぶん相思相愛だったろう。

たぶん彼女の方が俺に近づいて来たのだろう。接触は多かった。

俺はトリコになったが、今思えばおばさんの家で排除されていた俺は、女性に好かれるということが自己認識になく、女性に嫌われる俺としての認識で、俺としては片思い状態で卒業しだ

その直後彼女の女友達から、彼女が俺を好きで、文通したいと言っているとのことで、信じられない俺は有頂天になり、文通が始まった。

 

止まれ、俺は今この女性とのことを話したいのではない。

俺が今直面しているのは、ここコメダでの女性達だ。

 

俺の周りは老若の女性達がたくさんいる。

誰も俺に注目する人はいない。

しかし、俺の女性に対する感情が溢れている。

 

どんな感情か。

 

俺は本当は女性に注目されるだろう。

モテるだろうという感情。

 

そしてそうなった時、気持ちは喜びの感情に溢れているが、気持ちは内向し、何の対応もできない。

 

今気がついたが、さっきの初恋の女性に対する態度、中学時代多くの同級の女性に注目された時とと同じだ。

 

今この間、自己催眠しながら書いており、ずっとトラウマは溶け続けている。

 

たぶん今俺は、中学時代の学校の代わりに、ここコメダで中学時代のトラウマから抜け出そうとしているのだろう。

 

まだはっきりとは分からないが、女性に注目された時、或いは好みの女性に近付かれた時の、幼児的な内向的な受け身な態度ではなく、積極的な外に向いた大人の意識に変わりつつあるのだろう。