また、コメダにいる。
前回、コメダに来る理由を書いたが、今日ここに来る前に、そのもっと深い理由に気がついた。
それは、午前中球出し機で2時間1人テニスをしてき、その後昼休みをし、今からコメダに行こうとした時に感じたのだ。
それは何かと言うと、コメダに行くことに対して、早く行かなくてはという衝動、焦り、焦燥感というものだ。
これは、俺は以前、カラオケ喫茶等に行く時に感じていたものだが、コロナでカラオケ喫茶に行かなくなって半年以上経つのに、まだこの衝動が残っていることと、特定の顔見知りもいないコメダに行くのに、この衝動が出て来ることに驚いた。
もともとこの衝動は幼少期、おじさんおばさんの家に行く時に、おじさんおばさんが待っているから、早く行きたいというような衝動で、小中学校に行くようになってからは、友達が待っている学校に早く行きたいという衝動になったものと思われる。
これは自分自身の分析だが、小さい時から友達集団の中心にいた俺は、常にこの衝動があったように思う。
親の愛情に飢えていた俺は、家の外の集団で、その渇きを癒していたのだ。
だから俺は、今でもこうした集団というものに、何かしら依存していると思う。
働いていた頃は家庭と職場、退職してからは家庭とテニス関係グループ、カラオケグループ、カラオケ喫茶、カラオケボックス、そして元妻と2年前に離婚する前後からは、週2くらいで泊まっていた彼女の家、コロナでカラオケ喫茶や彼女の家に行かなくなって最近までは、2.3の喫茶店と、関係の良し悪しは別にして、どこか行くところを探して来た。
そして、俺から見て関係の悪い集団(個人)からは離れて、とは言え、代替えのきかない集団は我慢しつつ、自分にあった好ましい集団行き先を、維持開発してきたというところか。
この喫茶店にしても、半年前カラオケ喫茶をやめてから、個人の小さい喫茶店を2つ通ったがイマイチと感じ、ここコメダに思い切って入り、当初1人ということで戸惑ったが、だんだんとそのトラウマも解消し、今のところここが最高になった。
そして、また付け足すと、俺が早く行きたい、という衝動が出て来るのは、俺を歓迎してくれる集団(個人)ということが必須で、これは幼少期おじさんおばさんが、俺を自分のところに取り込もうとして、表面上大歓迎したことによるものと思われる。
もうひとつ、それならコメダが俺を歓迎しているかというと、イエスだ。
コメダの店員さんは事務的で、客とは必要でない話はしないが、誰に対しても愛想が良く明るく歓迎的で、もちろん俺に対しても同じなので心地良く、俺がコメダに来たくなる理由のひとつかもしれない。
マスクではっきりとは分からないが、特に若い女性店員さんは魅力的で、何気なく心惹かれるものがある。