A子についてドンデン返し | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中、俺が以前持っていた船の名義変更がまだされていなかったことが分かったので、再度印鑑証明書を取りに市役所に行き、時間つぶしで本屋にも行った。

昨日は月曜日で、A子が隣市のカラオケ喫茶に来るはずの日なので、俺は今度は早めに行こうと昼前に家を出た。

ところが、途中で大変なことが起きた。

雨が降っていたのだが、坂道のカーブで車がスリップして、ハンドルが全く効かなくなり、コントロールを完全に失い、車は反対車線に飛ぶように突っ込んだのだ。

反対車線には白い車が、少し離れてこちらに向かって来ていた。

俺はもうダメだと思ったが、その途端車は急に一回転して反対車線の端に止まった。

そして後ろの車はその後、止まっている俺の車の横を、少し心配げに走り去って行った。

俺はキモをつぶしたが、原因は何かとすぐに滑った辺りを調べたら、やはり雨でツルツルに滑るところがあり、俺のタイヤも古くて磨耗していたのだ。

全くの命拾いであった。

隣市のカラオケ喫茶にはA子はまだ来ておらず、俺がママや2、3人のそこにいる人に、さっきのスリップの話をしたら皆が心配し、何事もなくてよかったと言ってくれ、俺は嬉しかった。

しかし、A子はいつまでたっても現れなかった。

俺は途中から、A子は俺に気がなくなったと判断し、俺もA子を求める気持ちを捨てようとし、そのイメージを作ろうとした。

考えるにA子は、先週からどうもおかしかった。

席がすぐ近くになったのに話が弾まず、帰りもいつもより早く、俺が早いねと言うと、一緒の友達が早く来たからと愛想が無かった。

あの時点で俺は切られていたのだ。

何故かと考えると、俺がドンドン変わっていき、彼女への態度がぞんざいになり、直接的になり、近づきすぎたからだろう。

俺が周りを気にせずに、彼女に馴れ馴れしくしたこともあるだろう。

確か7月の終わりに別のカラオケ喫茶で知り合って、お互い今のカラオケ喫茶に行っていることが分かり、期せずして8月の最初の月曜に、今のカラオケ喫茶で会い、その後毎週月曜に約束もせず、都合4回会っていたのだ。

最初の週は水曜と金曜もだ。

だから昨日の月曜日も、彼女は俺が来ることは当然分かっているが、敢えて来なかったのだ。

そういうことで昨日は、俺は途中から彼女を「要らん」で頭を切り替え、彼女の何かを求める気持ちを捨てようと努力した。

そしたら、彼女がいないことでしぼんでいた俺の心も回復しだし、最後は歌に集中した。

夜の風呂でのトラウマ解消は、やはりA子だった。

実は、俺はもう昼間のカラオケ喫茶にいる時から、A子についてのトラウマ解消を期待しており、その準備を「要らん」のイメージでしていたのだ。

トラウマはやはりドンドン溶け、これは何のトラウマか考えるとやはり、親戚のおばさんのトラウマであり、俺に近づいて愛想をするおばさんの愛情が、欲しくてたまらないトラウマなのだ。

A子も俺に近づいて愛想をしていたが、俺のトラウマが次第に溶けて、かわいくなくなり、かえって怖いくらいになったから離れていったのだろう。

2、3日前の隣県のカラオケ喫茶の色っぽい女性も同じかもしれない。

まあ今は、A子を求める気持ちは無くなっており、女性に対して次の段階に来ていると感じている。