やはり妻との縁は運命なのだろう | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中家でゴロゴロ過ごし、午後はシニアテニス男子部に行った。

俺は盆が終わってから、昨日まで連続8日間テニスをやっているが、疲れがたまっているようで、プレーごとにすぐに疲れ、息が切れた。

帰ってからの風呂でのトラウマ解消でA子を想定したが、トラウマは溶けず、そのうち昼間に妻の攻撃を「跳ね返す」で成功していたので、妻の攻撃を想定し直したらトラウマが溶けてき、母親が俺を常に責めていた感覚を思い出し、妻の被害妄想から来る攻撃や責めと交互に変えながら跳ね返し、深いトラウマが溶けていった。

やはり俺のトラウマの元凶は他罰的な母親だが、それを思い出させるのは、同じく強烈で、信じられないくらい他罰的な妻の攻撃しかあり得ないので、妻との縁はやはり運命的なもののようだ。