スナックでのトラブルの意味②、責められ感 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は暑くて疲れもあり、午前中冷房のある居間で寝ていた。

妻もいたがやむを得ない。

昼からは、前日何回も電話があり面倒なので出なかったが最後には出て、用事は付き合わず書類だけ持って行くことにしていた、同郷の先輩の家に寄り、そのままシニアテニス男子部に行った。

この前飲みに行った男性らは誰も来ておらず、ここでのいつものメンバーの7人だった。

俺はやはり調子が良く、一段階上がったようで、ほとんど勝った。

彼らとの話も楽しく、俺は彼らに愛されてる感を覚えた。

夜、風呂でのトラウマ解消はやはり、この前のスナックでのトラブルで、あの絡んできた男性を想定したら、責められてる感が強く、これは親父のものだと分かり、親父に切り替えた。

親父はいつも機嫌が悪く、またいつも飲んで酒乱を起こしていたが、これらの中心はいつも母親を責めていたことだ。

そのため俺ら家族が皆暗くなり、責められ感を強く持ち、自責的な人間になったのだ。

俺は今まで親父からのトラウマは、暴力的な態度を恐れるものが中心だと思ってきたが、実はこの責められることを恐れるトラウマが主だと気づき、ようやく親父の全貌が見えきた。

この前のスナックでのトラブルでは、あの男が仲間のおじさんが悪いと、自分の暴力を人のせいにして責めていたが、俺はおじさんは悪くないと譲らなかった。

思うにあのトラブルは、あの親父のいつも家族を責めている感を思い出し、父親からの中心のトラウマを解消するためにあったのだ。