劣等な立場になると出てくるトラウマによる不安解消 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

今日は午前中何もなく、明日のテニスの試合の不安に対応できる言葉とイメージを探し続け、「一体化しない」から「相対化する」である程度落ち着いてきた。

俺が心配するのは、明日のメンバーの半数以上から比べて、レベルの低い俺が出ることに彼らがどう思うかということであり、その場での俺の態度がいつもとは大きく違い、いじけてしまいそうだからだ。

そのうちにテニス仲間で明日彼も試合に出るY男から電話が有り、また試合のことや俺のやれない心情を話したりした。

昼からはY子グループのテニスに行った。

ここでも明日の試合をイメージし、必死で練習や試合をした。

帰りに男性達が明日のことを聞くので、「大会を思い違いしていて、レベルが違うメンバーでガックリ来ている」と話したりした。

メンバーの反応はそれぞれだったが、俺としては昨日から都合5回5組のテニス仲間に心情を吐露し、おかげてだいぶん楽になった。

夜風呂でのトラウマ解消は、もちろん明日の試合のイメージを想定し、トラウマは溶けてきた。

そして俺は、この自分が劣等な場で起きる不安やいじけは、高校の時のものではないかと思いつき、高校時代の場面を思い出したら、トラウマはどんどん溶けた。

俺は、それまで田舎で一番で通っていた勉強も、都会の高校ではそれほどでもなく存在感がなくし、不安でいっぱいで不適応を起こしていたのだ。

こと時の不安と明日の試合の不安とは、同じもののようで、自分が劣等な立場になると、存在感をなくし不安になり、いじけてしまうということなのだ。

もうひとつ俺は考えて、このトラウマはやはり親戚の家でのトラウマで、それは、ある時彼らが俺がその家にいることを攻撃し、俺がその家にいる立場を無くした時のもののようで、この場面を思い出したらまたトラウマはどんどん溶けた。

ということで、明日の試合に対する不安や心配はほとんど無くなってきたところで、Yグループの世話役女性から、明日の試合頑張ってとのメールが入り、少し気をよくしているところである。