久しぶりのカラオケ喫茶と父母のこと | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中M男の田んぼの田植えを手伝い、午後2週間ぶりくらいにカラオケ喫茶に行った。

ここにはいつも通りグループ女性らが来ており、彼女らが来ることで集まる男女で客は多かった。

俺は久しぶりの歌だったが、ますます声が出るようになっており、気持ちよく歌い、拍手喝采や感嘆の声をもらった。

また良くなっているようだ。

俺の周りにはグループ女性や最近彼女らと仲間になった女性、前からの知り合いの女性らが集まり、俺はもてた。

また入店当初、グループの中心女性から、個室カラオケが今月いっぱいは安いから行かないか誘われ、結局お互いの日程が合わないのでダメになっていたことがあったが、席が一緒の最近の女性と前からの女性と3人で、木曜日に行くことになったので都合がつけば来てとまた言われた。

俺はテニスの日程のことも話してあったが、木曜日はシニアテニスで少し嫌気もさしており、疲れも溜まるので行こうかという気持ちも出て来て、行くかどうか分からないという返事をして別れた。

今俺はシニアテニスをどうしようか模索中なのだ。

夜風呂でトラウマ解消した。

昨日もなかなか溶けなかったが、近づいてくる女性を想定していたら、溶け出したようなので何かと思い、母親に変えたらドンドン溶け出した。

このトラウマは母親が引っ付いてきて、俺はそれに縛られ苦しくてできたトラウマのようだ。

母親はすぐに人に一体化し引っ付く性格で、俺の幼少期から俺に引っ付いて俺を支配しようとしてきたのだ。

ついでに父親のことでちょっと前に分かったことがあるので、書いておきたい。

俺は人に責められるのが苦手で、これを避けようと無意識的に動いてきた。

この責められるのが親戚の娘と母親だけと思ってきたが、実は父親もあったのだ。

父親は酒飲みでいつも酔狂を起こし、母親に暴力をふるっていた。

だから俺は父親を憎み、たぶん小学中ごろから話もしなくなっていた。

俺はこの父のトラウマが、暴力をふるったり、怒鳴ったりすることが原因とばかり考えていたが、実はこればかりではなく、もっと深いところにあることが分かったのだ。

それは父親はいつも母親を責めていたということだ。

常にそういう態度だったということだ。

それは飲んでない時もだ。

だから家は閉塞していた。

息がつまりそうだった。

俺はこの雰囲気を最近までずっと思い出せなかった。

それはあまりにも日常的なことだったので、無意識の中に沈んでいたのだろう。

何故父親があれほど母親をせめていたのか。

それはたぶん母親が不義をしたからではないか。

相手は父親の弟、俺のおじさんだ。

このことは俺が子供の頃、父親が酔って母親に、~とぼぼをしただろうと、責めていたのを寝ながら聞いたことがあるのだ。

俺のふるさとではセックスのことをぼぼというのだ。

その場には確か祖母もいた。

母親は否定していたが、たぶん間違いないだろう。

そのおじはそういう人だし、その後も俺の家族の中で大きな問題を起こした人なのだ。

それと俺が思うに、母親はそのことがきっかけで、嘘つきになったのかもしれない。

母親は嘘つきだが、周りにはそうは思われていない。

うまく立ち回って人を利用するのだ。

俺がトラウマ解消をやり出してそのことが分かり、俺の女の兄弟や親族に話したりするので俺を怖がり、あれほど俺に引っ付きたがっていたのが俺を避け出し、ようやく俺も母親から解放されたのだ。

話が長くなったが、トラウマ解消の結果だんだんとハッキリ分かって来ることがあり、書いておきたかったのだ。