シニアの支配的で攻撃的な女性は嫌いだが有難い存在ではある | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は疲れていたのか、昼前までベッドに入っていた。

この過ごし方もなかなか悪くない。

昼からシニアテニスに行った。

この日は男が四人だけで、2試合やったらすぐにコートの主導権を女性に取られたので、俺はすぐに壁打ちに行き、そのままコートハウスには帰らず、ここから呼ばれた時に試合に出、またここに帰った。

そして最後ごろは、俺と敵対していると思われる女性達と、女性よりの男が試合していて、帰りが彼女らと一緒になりたくなかったので、コートハウスに荷物を取りに帰った。

そこでは元世話役の年上男性と、俺と親しい女性2人が話していたが、俺はその女性と一体化している元世話役男性にも不信感を感じていたので、今まで通りに下手に出たくなく、「優越させない」というイメージと言葉を意識してコートハウスに入った。

そしてベンチに座りお茶を飲んでから、すぐに「お先に」と俺としては強い態度で席を立った。

3人(4人?)は一瞬黙ったが、俺と親しい女性2人がすぐに「さよなら」と返してくれた。

早く帰る人もいるが、俺は今までは試合の最後まで待って帰っていた。

しかしもう俺は、親しい他の男性が一人もいない場におりたくないし、おれなかった。

夜風呂でトラウマ解消した。

シニアグループの支配的で攻撃的な女性と「闘う」イメージでトラウマが溶け出し、親戚の娘から攻撃されてできたトラウマがまた溶けた。

本当に深いトラウマだ。

シニアの支配的で攻撃的な女性は大嫌いだが、彼女のおかげてこうして深いトラウマが溶けているので、有難い存在ではあるのだ。