俺はいじめられっ子? | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中はゴロゴロし、昼からの予定をベテランテニスにしようか、第二グループのテニスにしようか、元カラオケ喫茶にしようか、考えていた。

第二グループは、この前の忘年会に歓迎され、ベテランテニスとの掛け持ちが受け入れられた格好になったので、また一緒にやりたくなったのだ。

カラオケ喫茶も土日は人が多く、歌いがいもあるし、色っぽい女性らも来る可能性が高いので、外したくないのだ。

ということで、土曜日の午後はいろいろ重なるのだ。

そこで第二グループのテニスに行くことにし、雨の心配もあったので、世話役女性に確認のメールをしてみたら、4時から室内で始めるから来てと言う。

4時からなら、それまでカラオケ喫茶に行けると俺は喜び、昼からカラオケ喫茶に行った。

カラオケ喫茶には人は多かったが、色っぽい女性は来ておらず、俺に最近接近して来る年上の昔ベッピン女性が来ていて、時々俺の近くに来て話しかけ、俺に彼女を誘わせようと仕向けて来る。

俺も気分は悪くないので、また今度M男とどこか他のカラオケ喫茶に行く時に、男だけだとつまらないから、呼ぶかもしれないと応えておいた。

俺も年上女性にはモテるのだ。

歌も2曲、最近ハマっている三橋美智也の「哀愁列車」と「リンゴ村から」を歌ったが、お客の反応はよく注目して聴いてもらい、盛んな拍手ももらった。

まあ年配の人がほとんどだからではある。

カラオケ喫茶の後、第二グループのテニスに行った。

ここにはかわいい気の強い女性も来ていて最初にペアを組み、交代休憩時に彼女の隣に座って話したが、彼女の反応は可もなく不可もなし、と言ったところで、俺からの働きかけが無ければ会話が成立しない、どちらかというとイマイチなものだった。

まあ俺も以前みたいに緊張もしなかったが、惹きつけられもしなかったので、それほど楽しいということもなくなった。

まあ彼女の俺に対するスタンスはそういうものなのだろう。

今はそれより、控えめだが人柄のいい、年は多分三十代後半の世話役女性の方に魅力を感じている。

昨日は室内のテニスコートでやったが、他にも知り合いのテニス上級者も来ていて、その中に俺が独自に知り合いになった、テニスの上手いカッコいい女性の仲間の、これまたテニスの上手いカッコいい女性2も来ていて、彼女らの帰り際少し離れた所から、俺が「久しぶり」と声をかけたのが先かどうか、俺に手を振り、「腕は治った?」と聞いてくれ、俺は「治ったようだよ」「(テニスは)面白いね」と返した。

彼女らも俺の腕のことを知っていてくれて、声もかけてくれ、俺は嬉しかった。

それはそうと、俺は元グループ中心の新年会は断ろうと考えていたが、昨日新世話役女性からメールが入り、日にちが決まったがどうでしょうかというもので、他にも優しい言葉もあり、俺は直感で出ることにした。

もともと新世話役女性は俺と友好的で、俺を気づかったメールに断るイメージは出てこなかったのだ。

まあ俺はその時その時の直感で動くので、方針はちょくちょく変わる。

夜風呂でのトラウマ解消では、元グループの嫌いな年上男性と、一昨日の教室で久しぶりに会い、新年会も多分彼女が仕掛けているだろう、旧世話役女性を焦点にした。

彼らは表は優しそうにしているが、裏では攻撃的で、多分彼らの劣等感からだろう、裏の直接的ではない間接的な攻撃に弱い俺に、裏からからみついて来て間接的に攻撃するのだ。

これはやはり親戚の家のやり方そのもので、俺は彼らに間接的に裏でいじめられていたのだが、それが直接的ではないので意識出来なかったのだ。

まあ俺はいじめられっ子だったというわけだが、元グループに関わることで俺の深いトラウマにも邂逅でき、ありがたいことではある。