母親の問題 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

今日は朝から、M男に持って行ってもらうため、いらない果樹の庭木を抜いて整理した。

昼からはM男が軽トラックを持ってきたので、それに最初は庭木を、2回目はいらなくなった板材を積み込み、M男の家に運んだ。

帰ってからも夕方まで、家の庭の植え替えなどをした。

最近俺は決断力が増して、いろいろ物を捨てたり、人にやったりして、期せずして片付けをやっている。

夜は風呂でトラウマが溶けなかったが、母親を想定したら急にトラウマが溶け出した。

トラウマには厚さがあり、それが表面から溶けていくのだが、その時々のトラウマによって出来た原因が違うので、それに合った想定をしなければならないのだ。

母親のトラウマは、母親が俺にピッタリと引っ付いて来て、俺は息が止まりそうになって、緊張するものだ。

そしてそれはやはり、女性が近づいて来た時緊張し、避けようとする原因のようだ。

俺は幼少期から父親と母親が大嫌いで、特に母親には生理的にも嫌悪感があったが、それは母親が俺に一体化して来て、俺を身動き出来ないようにしていたからと思われ、俺が親戚の家に逃げ込んだのも、それが原因と思う。

母親は今では兄妹間で、問題の人間と認識されて来たが、俺のトラウマが溶けるまでは、それがなかなかハッキリとは認識されなかった。

家族一緒に住んでいた子供時代には、常に親父の酒乱に怯えていたか、これも母親が原因ではあったが、当時はそれを誰も認識出来ず、父親を恨んだものだ。

母親は一言では言えないが、性格的には病的なほどひどいものと今では分かったが、当時はウソと相手を責めることでごまかし、自分は絶対正しく間違ってないと思っているので、家族でも見破ることができなかった。

まあ、元々俺にとっては一番の問題と思って来たので、トラウマの解消でも親戚の問題より深いところにあることに、満足しているところでもある。