よう、お茶飲み行こうや | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日も午前中テレビに巻き込まれグダグダ。

昼ちょうどから一人カラオケに行った。

一人カラオケ店の駐車場に、馴染みの女性店員が仕事から帰るところで、彼女は俺を見つけると、車の中から手を振ってくれ、俺も手を振った。

カラオケは、またあまりよく知らない、俺が生まれた頃からの曲を歌ったからか、音程が合ってないようで点数が出ず、少し気落ちした。

終わってから件の喫茶店のことが頭に出てきたが、行ける気がせず、その喫茶店を想定してトラウマ解消しながら、とりあえず本屋に寄った。

本屋では、昨日も2軒行っているので特に見たいものも無く、ウロウロしながら、トラウマ解消した。

店を出てからも一時間くらい、駐車場の車の中でトラウマ解消した。

この時は、可愛い気の強い女性や体操女子に不意に会った時に、簡単にお茶にでも誘えるイメージを作った。

これは一人カラオケの女性店員にさっき会った時、できればいいなと思い、そのイメージを追求していたのだ。

そのイメージは彼女達を、突き放せばいいのだ。

俺は、それが彼女達の好意を保ちたいからできず、いい人でいるのだ。

夜風呂でも同じイメージを求めてトラウマ解消した。

やはりこのトラウマは、中学時代の初恋の女性の、積極的な好意がものすごく嬉しく、その後何年もこの好意を渇望していたことのトラウマのようだ。

俺はこのトラウマのため、その後ずっと好意を持っている女性に近づけず、反対に女性が近づいてくると、逃げていた。

そして、普段は女性に対して諦めていて、週末になると飲み屋で深酒を飲んで、それを晴らしていたようだ。

ここにきてやっと「よう、お茶飲みに行こうや」というイメージができてきたようだ。