懐かしいスナックのママを思い出す | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日も午前中コタツの中でグダグダ。

妻がテレビで映画のビデオを見るので、つい見てしまい、終わってからは、考えごとをしようと思っても、まだついているので、うるさくイライラする。

昼だいぶん過ぎてから、一人カラオケに行ったが、満員で空きが無く、旧カラオケ喫茶に行ってみたが、車は5台くらいでまあまあだったが、行かなかった。

行くところがないので図書館に行き小一時間過ごし、また一人カラオケに電話してみたが、まだいっぱいとのこと、今度は新カラオケ喫茶に行った。

新カラオケ喫茶には5人ほどいて、俺も2曲ほど歌ったが、客が2人になったので店を出た。

もう遅かったが、歌を練習したい気持ちが強く、もう一度一人カラオケに電話してみたが、やはり満員で5時前にやむなく帰宅した。

ということで、昨日は行くところが無く、途方にくれた一日だった。

テニスとカラオケの他、もう一つ俺が本気になれるものか、行って話ができるところが欲しい。

実は昼間、ある喫茶店に行きたい気持ちがあったが、臆して行けなかった。

そこは一度Y男に誘われて行ったことがあり、愛想の良さそうな、そう年ではない女性がいた。

俺はそこに限らず、いろいろ喫茶店に行ってみて、気に入ったところを探したい気持ちが前からあったが、やはり臆して行けずにいた。

というのは、この辺の喫茶店はどこも小さく、せいぜい10人入るくらいで、通つうの常連が陣取っている印象だから、入りにくいのだ。

俺もただ黙ってコーヒーを飲んでいるだけなら、面白くない。

俺好みの週刊誌でもあれは、それもいいが、やはり女性でもいれば話したい。

そこで常連陣と張り合わなければならないが、今まではそれができないから行けそうもなかった。

そこで夜風呂でトラウマ解消し、そこで店員や常連に下手に出ず対等にやるイメージをしてみたら、トラウマが溶けてきた。

そしてそのイメージを、親父を中心として幼少期俺に恐怖を与えた男たちに変えたら、トラウマはどんどん溶けた。

最後に惹かれる店の女性を「捨てる」でイメージしていたら、10年以上前に入り浸り、すごく惹かれたスナックのママを思い出した。

その店はちよっと高かったが、俺は執心し、12時過ぎて他に客がいなくなっても帰りたがらず、ママに相手をしてもらいたがった。

ママは俺より10若く、べっぴんで愛想がよく、俺の話をよく聞いてくれる人だった。

俺は酔わないと話ができないので、深酒をした。

何年も通ったが、結局ママはその店をやめ、近くにパスタ店を開いて、飲み屋をやめた。

俺も一度その新しい店に行ったが、そこでママは、飲み屋が嫌いだったと告白し、俺はイヤイヤ相手をしてもらっていたのかとガッカリし、その後会っていない。

まあそういうこともあったと思い出した。