体操女子との接近 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

今日は昼からヨガがあり、午前中から一人カラオケに行くと、3時間のカラオケが中途半端になるので、朝から昼過ぎまで家にいた。

そのため、先のブログにも書いたが、妻の攻撃心やテレビのうるささで、落ち着かなかった。

やはりこういう時のため、ちょっと行ける適当な喫茶店でも見つけたい。

昼過ぎからヨガに行った。

ヨガは寒くなったので、いつもの広い練習場ではなく、暖房の効く狭い会議室であった。

そのためいっぱいいっぱいで、ぎちぎちに詰め、遅れた俺はやっと間に入れてもらった。

よく見ると、何時ものようには後ろは全く余裕は無く、目当ての体操女子は俺の斜め後ろの四人目になる最後尾にいた。

俺はトレーニングの合間に彼女の方を見て合図したが、彼女はその前に俺が周りの他の女性らと話をしていたからか、目を合わそうとしなかった。

最後の片付けの時、彼女が俺の方にマットを持って来て、ちよっと気持ちの接触があり、俺が周りのマットをまとめて彼女の方を見ると、彼女は後ろに立って俺の方を見つめていた。

彼女は綺麗だった。

俺には彼女だけが見えていた。

その直後、俺がマットを運んでいる間に彼女は部屋を出たと思った俺は、自分の持ち物を掴んで、そそくさと部屋を出、彼女の後を追った。

しかし彼女は見えず、ずっと先かと思って進んでいたら、彼女が後ろから「早いですね」と現れた。

俺はとっさに「あんたに合わせたんよ」と正直に答え、先を歩きながら続けて「暑かったね」と話しかけた。

彼女は後ろから「暖房を消したけど上手くいかなかった。前の練習場の方がいいですね。」と言うので、俺も「そうだね、広い方が気兼ね無くできるね」と応え、着いた玄関口に靴下を履くため座り込んだら、彼女も近くに来たので、「腰は治った?」と聞くと、「だいたい」と応えるので「俺もちょっとね」と言うと、「何?」という感じなので、「軽い肉離れ」と言うと「ああそぅだったですね。だいぶんかかりますよ」と言う。

そしてそう言った直後に、他の女性らが玄関口まで出て来たので、彼女はあわてて俺から離れ、自分の靴の方に行き俺とは別れた。

これらは俺が部屋を出てから、わずかな時間の間のことであるが、練習場以外での彼女と2人だけの、初めての瞬間的な逢瀬であった。

彼女は俺を待っていてくれたのかもしれない、いや俺の後から出たのかもしれないが、彼女も俺に会いたかったのではなかろうかと思うと、嬉しさが出るが、これも俺の自意識過剰の産物かと思う一面もある。

また、彼女は周りの女性達の目をかなり気にしているようなこともうかがえ、これもやはり俺を意識してのことじゃないかと自意識過剰になるが、今後の参考になることではある。

夜風呂で、ヨガ教室の女性達を想定して、彼女達の好意を欲しがる無意識を「捨てる」トラウマ解消をした。

このトラウマは幼少期、親戚のおばさんや地域のおばさん達からチヤホヤされ、その愛情をもらおうとするもので、これらを想定してもトラウマはどんどん溶けた。