妻と一緒にいるのは苦痛以外の何物でもない。 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日も午前中ゴロゴロ、テレビがついていると、ついつい見てしまい、時間が経っている。

俺は消したいのだが、妻がテレビ漬けなので、居間にいる限り避けられないのだ。

今までならテニスで出ていたので、やり過ごせたが、テニスに行けない今は、この時間どうしたらいいか悩ましい。

昨日午後は一人カラオケに行った。

受付のお姉さんが、行きも帰りも馴染みの女性だったので、俺が最近歌を録音しているが、今日アイパッドを忘れたことを話し、彼女は寒くなった天気のことを話し、それぞれについてお互いやりとりした。

カラオケ中には、俺は今までより古い、俺が生まれた頃から小学入学前後の流行った歌を選曲して歌ったが、懐かしさが出て来て、その頃の親戚の家での雰囲気などを思い出したが、これはトラウマ解消と関係あるのだろう。

また、その中で「異国の丘」を歌ったら、異常に泣けて来て、歌えなくなり、我ながら驚いた。

カラオケは、今は少しでもいい声になりたく、喉を開ける練習をしている。

帰りは、時間が帰宅するには中途半端なので、本屋で週刊誌を立ち読みし、図書館で連載小説を読んで、また別の本屋に行き、テニス本を買って帰った。

それにしても今も同じだが、家で妻と同じ部屋にいるのは、常に妻の攻撃心を感じ、苦痛以外の何物でもなく、こうしてブログを書いてやり過ごすくらいしかない。