魅力的な女性が接近するのに「排除する」で自由になった | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

今日は朝から自分の好きなジャガイモ入りの味噌汁と、アジの塩焼き、大根菜のひたしなど作り、食べた。

妻が二三日居ないので気楽で、自分が好きな物も作って食べられる。

普段は味噌汁は、妻が前の晩に作り置いているが、俺の好みには絶対作らないし、妻の作った物は味が悪く美味しくないので、いつも我慢して食べている。

それも朝の味噌汁と夕食だけで、後は自分で用意して食べている。

本当はいっそのこと全て自分で用意した方が美味しいし、妻に威張られなくていいのだが、家計や材料の区分けなどで揉めることは目に見えているので、言い出せない。

妻は、本当に難しい女なのだ。

午前中は畑に出で、白菜植えと葉物の種を蒔いた。

昼寝をチョットしてから図書館に行き、その後買い物をして、グループ女性らが来るはずの旧カラオケ喫茶に行った。

彼女らは3、4人で来ていたが、彼女らの席は一杯だったので、中心女性の勧めで、隣のテーブルの女性2人の席の前に座った。

2人の女性の内、1人は以前から少しは顔見知りで、もう1人は何回か一緒になったことはあるが、魅力的で惹かれるので近づけず、あまり話したことはない女性だった。

俺は、後ろにはグループ女性らを控え、横には魅力的な女性に気を引かれながら少し緊張し、前を向いて歌を聞いていた。

グループ女性には当初後ろを向いて、もう1人の中心女性に話し掛け、彼女が体調が悪く先週来なかったことなど聞いたりしたが、後は自分からは全く後ろを向かなかった。

というのはグループ女性らは大人しいからだろう、俺が同じ席の女性らに話すような、ぶっきらぼうな口調では話せず、彼女らには申し訳ないが、わざわざ後ろを向いてまで話すのは億劫なのだ。

そして時々、前の2人に話し「今日は人が多いねえ」とか、その時々に歌われた歌のことなど話したりした。

途中からはもう1人、新カラオケ喫茶でチョット顔見知りの女性が俺の隣に座ったので時々3人を相手に話し、俺が歌う歌の選曲のため広げていた、1人カラオケの記録用の手帳を見て、誰かが「すごいね」と言うので、俺は1人カラオケのことを話し、いろいろ聞くので、魅力的な女性には手帳を見せたりもした。

また、後から来た女性が帰ってからは、3人が親しい雰囲気になり、話の中で一度、俺は個室カラオケに誘われるのではないか、と思った時があり、俺は内心ビクついた。

俺はこういう時、嬉しすぎて自分を失い、幼稚な自分をさらけ出しそうになり、それが怖いのだ。

魅力的な女性はオープンで自由で、感情表現も豊かで、その彼女が俺に興味を持って迫って来ると思われるので、俺は嬉しすぎて、自分の気持がコントロール出来なくなるのだ。

俺はそれまでも、この場で自由になれていないと感じ、魅力的な女性に意識が惹かれていることがわかり、いろいろイメージを探って、「ひとごとだ」とか、「超越する」などで、なんとか自由を得ようと模索していた。

そして、最後に「排除する」で心の安定を見た。

俺は、彼女の俺に対する好意や関心か、自分の内心の喜びか、どちらかを排除することで、自信を持って彼女に対せるようになり、その後はもっと親しく突っ込んで、話せるようになった。

彼女はその間、別のアベックで来ている男性とディエットしたり、女同士で踊ったり、俺にも踊りを勧めたりし賑やかだった。

最後は遠くの車の中から、俺が歌った歌に引っ掛けて「裕次郎!」とか「小林アキラ!」と呼んだり、「赤いハンカチ!」と呼んで笑ったりしながら、お互い手を振ってバイバイした。

夜風呂でトラウマ解消した。

初めは彼女を想定して、「排除する」の言葉とイメージでやり、その後親戚のおばさんや中学時代の初恋の女性を思い出してやり、トラウマはドンドン溶けた。

何回も書いているが、おばさんは表面は俺を甘い言葉で誘うだけ誘って、裏では冷たく突き放していたので、俺はおばさんの愛情が欲しくてたまらなく、その後中学時代の初恋の女性が俺に接近して誘っている時は、俺は嬉しくて彼女の愛情が欲しくてたまらないが、おばさんのトラウマから愛される人間だという自信が全く無く、彼女に接近することが出来なかったのだ。

このことは何回も書いているが、俺が一歳の頃からのことなのでトラウマも奥が深く、溶けるトラウマは段々と体の中に近くなっている。