俺に関心を示してくれる人にも「対等だ」で通したい | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

今日は台風でテニスもできないので、午前中久しぶりに1人カラオケに行った。

カラオケでは何時ものように、小学校から大学くらいまでの懐メロを、多分30曲くらい歌った。

この懐メロを歌うというのは、何かしら過去の雰囲気を思い出し、カタルシスとなるのだろう。

1人でも、いや1人の方が結構充実し楽しいのだ。

今日は今までになく、以前一回彼女の求めに応じて一緒に行った、年上のカラオケグループ女性を誘ってもいい気持ちが出てきたが、実際には誘わなかった。

女性に対して愛情を求める受動的な態度ではない、能動的で積極的な感覚が出て来たのだ。

1人カラオケの後、これも久しぶりに図書館に行った。

図書館では前職場の若い人にたまたま会い話をしたが、心の中では微妙な動きがあった。

それは俺の方が彼を見つけ、彼の隣に座ったが、彼が俺の現状を質問し、俺がテニスをしていると言うと、彼が感心したので今度はそれに乗って、いろんなテニスグループに入ってやってきたことや、今度公式試合に出るつもりなことなど、ちょっと自慢げに話した。

しかしこれは何か、俺としては確固とした所属団体がないことや、するべき仕事がないことの劣等感から出た言葉のようで、自分自身の言葉に少し引け目を感じたので、それ以上話さず彼の現況を聞いたりしたが、それ以上話はなくお互い黙ってしまった。

俺は席を立とうか迷ったが、彼の方が先に一言言って席を立ち、他の場所に移動して行った。

俺としては先に立ちたかったが、推測するに、彼がした手に俺の現況を聞いたり関心を示したりしたので、俺は相手の好意が欲しくて受け身になり、動きがとれなくなり、不本意な行動となったように思う。

今後は、俺に関心を示してくれる人に対しても「対等だ」を通し、受け身で動きがとれないことのないようにしたい。