母親と妻の他罰性と俺の自罰トラウマの解消 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

今日は午前中、台風対策で家の周りのかたずけをし、その後テニスコートを使えなかったので、サッカー場へ1人壁打ちに行った。

午後は隣市へベテランテニスに行った。

ベテランテニスは、女子は誰も来ておらず男6人だけだった。

今まで俺はこのグループのメンバーの実力をあまり認めていなかったが、今日新ためてよく見ると、皆上手く強いのだ。

俺がなかなか勝てないのは、当たり前で、実力通りなのだ。

終わりには15分ほど、俺より若い人と2人でのシングルスの練習をさせてくれた。

今日はいつもの陰険な世話役がおらず、優しい人ばかりだったからだ。

このような練習が、この時間だけでもできれば、俺としては御の字なのだ。

夜風呂でトラウマ解消をし、いろいろ想定したが、あまり溶けなかった。

そのうち母親を想定したら、どんどん溶けてきた。

母親から責められたトラウマだ。

母親は他罰的な人間で、俺が親戚の家に行くことを、本当は最初は自分が預けていたのが元なのに、それを棚にあげて、いつも俺を責めていた。

また、母親がウソを言ったり、俺からみて正しくないことを指摘したりすると、ムキになって俺の人格を攻撃したものだ。

このため俺は自罰的な人間となり、他罰的な人間から攻撃されやすい人間となった。

母親と同じ他罰的な妻は、その自罰的な俺を組みやすしと見込んで、内心嫌がっている俺を責めて、いろんなからめ手で、無理やり結婚させたのだ。

トラウマ解消では想定を妻に変えても、トラウマはどんどん溶けた。

妻の場合は今現在の存在なので、トラウマ解消にはよけい有効なのだが、妻の攻撃は母親以上なので、現実の対応では、まだ妻を怖れる心と体があるようだ。