他人の思惑や視線を「ぶっ飛ばす」 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中畑に行き水やりと収穫をし、そのあと家の生垣の中に杭を打って生垣を整えた。

午後はベテランテニスに行った。

テニスは変えたストロークが安定してきて好調になってきた。

今までの我慢が身を結んできたのだ。

夕方壁打ちに行ったら、教室のコーチ達や最近知り合ったテニスの上手い女性グループの1人、当市ナンバーワンの若い男性らが一緒にやっていた。

俺は気が引けそうになったが、「ぶっ飛ばす」の言葉とイメージで彼らにペコペコせず、それぞれに頷いて顔であいさつの合図をし、1人壁打ちに入った。

そう言えば、この「ぶっ飛ばす」は次のことから蘇った言葉とイメージだ。

それは、一昨日のナイター教室の終わりに、肉感的なスポーツウーマンがY男と2人話していて俺は気になったが、そこに入れず知らん顔をしていたり、いつものことだが、それまで親しくしていても、帰り際彼女らにサヨナラのあいさつをしに行けず、知らん顔で帰ったりしていた。

そこで帰ってから考え、その時の状況を打破するイメージが「ぶっ飛ばす」という言葉なのだ。

今考えるにこれは多分、彼女達や周りの男性達の視線や思惑を「ぶっ飛ばす」ということだろう。