新しい転回 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

忙しい時にはプログを書くのが滞る。

土曜日曜と忙しかった。

一昨日土曜日は午前中畑仕事を一時間したが、それ以上できなかった。

テニスなら何時間もできるのに、畑仕事は最近はイヤイヤやっているので、なかなか続かない。

午後はベテランテニス男子部に行き、そのあと第二グループテニスに行った。

俺は先週の土曜日の第二グループの飲み会のあと、かわいい気の強い女性と歩いて一緒に帰り、その翌日彼女にご機嫌伺いのメールをしたのだが、その返事が特に愛想もなく、儀礼的なものだったので、やはり彼女は俺に気はないと感じており、気を引かれる女性達に対するトラウマも溶けたこともあり、彼女への思いは無くなっていた。

そのため、第二グループのテニスに行くのを忘れて遅くなったり、行ってからも彼女の方を見ることもほとんどなく、このグループでのやる気が無くなり、気が抜けた状態だった。

そしてテニスが終わってから借りていた本を返すため、駐車場で彼女を呼んで返したのだが、俺の呼び方がぞんざいだったからか、他の人の目を気にして俺と2人で話しているのを見られたくないからか、俺がお愛想で「またよろしく」と言っても、彼女は俺の顔も見ずに、黙ったまま受け取った。

これで彼女とはおさらばだと思い、ほんとにまた本を貸してくれたら困るなと一瞬思ったりした。

こういう何か気持ちの変化があると、俺は飲みに行きたくなる。

夜は久しぶりに飲みに出、屋台のマスターに一人勝手にベラベラ話し、スナックに行った。

スナックでは前に話したことがある男性の隣になり、また彼を相手に今の俺の心境や女性環境について話した。


昨日日曜日は、朝M男からテニスをしようと電話があり、急遽テニスをした。

俺はかわいい気の強い女性に興味はなくなっていたが、彼女に対して気楽になっていたからだろう、テニスするからよければおいで、と彼女にメールしておいたが、また誘ってと、いつものフレーズで断りのメールがあった。

それはそれとして、俺は第二グループをやめるから、二つともやめたらさみしくなるから元グループは続けようと思い直し、コートの受け付けでM男にやはり元グループはやるわと言ったら、M男は、この前の教室の帰りに、自分が(俺)さんはやる気が無いみたいと言ったら、他の人がそれなら自分達でやると言っていたと言う。

俺はガックリきたが顔には出さず、そうか俺が外された格好になったんかと、平静を装った。

M男は、自分が元グループの女性達と一緒にやりたく、元グループがなくなるのは困るので。他の人にやらせようと、嘘では無いが俺の気持ちを言いつけたのだ。

M男は危ないやつだとは思っていたが、やはり危ない。

自分の都合で、どこで何を言いふらすか分かったものでは無い。

誰もが彼を敬遠するのがよくわかる。

それはそれとして、俺は、まあそれならそれでいいだろうと腹をくくった。

午後はベテランテニス男子部に行った。

ベテラン組はいつものように俺に好意的で、嬉しかった。

帰ってから俺は落ち着かなかった。

元グループに俺の方が切られたと言うことが辛かったのだ。

あの時の教室で俺は別の男とテニスしており、元グループのメンバーと話ができなかった。

元グループをどうするか話さなくてはならない、ということも忘れていた。

彼らもM男の話だけではなく、俺にどうするか聞きに来てもよかったはずだ。

まあいづれにせよ彼らはそういう奴らなのだ。

俺との関係はそういうものなのだ。

だから俺は嫌になったのだ。

普通に話ができて俺がやめるという格好ができていたら、今後も気持ちよく彼らと顔を合わせられるが、今となってはどうしようもない。

俺は風呂でその辺の彼らに対する気持ちを想像し、幼児期親戚の家で孤立されられていた時のことも思い出し、トラウマ解消した。

そこで今わかってきたのだが、俺は彼らに排除された、彼等は俺を排除した、そういう被虐的な関係や気持ちが俺を萎えさせ、攻撃的な彼等に対して弱い気持ちにさせるのだ。

彼等とは今後もコートで顔を合わせなければならない。

切られたというトラウマによる受け身の感覚ではなく、俺が切ったという事実を基にした感覚を持たなければならない。