かわいい気の強い女性を「捨てる」 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は何もない日なので、昼前から一人カラオケに行った。

この前の第二グループのカラオケで、俺の歌をほとんど評価してもらえなかったので、本当はどうなのか確かめようと、アイパッドを持って行き、ビデオに撮ってみたのだ。

するとやはり、俺が自分で思うほどにはうまくない。

というか声が良くない。

そこで俺は時々言われていた、喉を開けて、歌ってみた。

すると声が良くなり、ビデオで撮って聴いてみても、なかなかいい。

これだと俺は確信し、またやる気が出てきた。

その後俺は図書館に行き、1週間分の新聞小説を読み、雑誌を読んで帰宅した。

夜風呂でトラウマ解消していたら、俺が女性を求め、女性の愛情を求めるのはトラウマからではないかと改めて気がつき、かわいい気の強い女性を対象に、彼女を「捨てる」というイメージと言葉で、どんどんトラウマが溶けた。

彼女は俺にある程度接近はして来るが、それ以上は近づかず、俺が接近すると避ける。

これは俺が幼少期の親戚のおばさんと同じだ。

彼女は、俺がトラウマ解消するために俺に与えられた題材なのだ。

俺は親戚のおばさんに対するトラウマのため、魅力的な女性に接近されたら、その愛情が欲しくて緊張し近づけなかったが、彼女との交流のおかげで魅力的な女性にも近づけるようになり、その愛情が欲しいというトラウマも解消し、彼女からも離れることができそうだ。