トラウマのからくり | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は何もない日で、午前中壁打ち、ウォーキング、ランニングをした。

午後はM夫といつものカラオケ喫茶に行ったが車が少なく、色っぽい女性の車もないので、別のカラオケ喫茶Jに行った。

ここにはカラオケ喫茶のグループ女性の中心女性が、男一人を含む数人のグループで来ていた。

俺は多少戸惑ったが、心理的距離を遠くに取り落ち着いた。

他にも見たことのある、歌が上手く少しベッピンの豊満な女性もおり、俺は彼女に心を惹かれ、今後がまた楽しみになった。

夜風呂でのトラウマ解消で、明日のテニスの予行練習として、年上男性のことを想定した。

最近彼を俺は嫌いなのだが、それは彼が常に人より優越しようとするので、それが気に障るのだ。

俺を孤立化させようとするのも、そのためのひとつだろう。

俺は「優越させない」でトラウマ解消したが、だんだん親戚のおばさんに変わった。

おばさんは俺を誘い、俺がおばさんの愛情が欲しくなったり、おばさんの家にいたくなったら今度は優越する立場を取って俺を見下し、俺は下手に成り下がっていたのだ。

トラウマ解消ではこのことが分かり、魅力的な女性に誘われたら、成り下がるので話しかけられなくなることが分かり、トラウマがどんどん溶け、魅力的な女性に誘われても成り下がらない態度ができてきた。

また一つ分かったことは、優越しようとする年上男性も親戚のおばさんも、どちらも劣等感があり、それをカバーするために俺を下にして優越感を持とうとしたのではないかということだ。

おばさんは自分の家に対する劣等感が、年上男性は多分人気がないことの劣等感があるのではないか。

彼らの気持ちが分かってきたような気がする。