優越しようとする男性の仕組み | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中金曜テニスに行った。

優越しようとする年上男性がいつもやる、女性相手の独りよがりのおしゃべりが、練習終了時に始まり出したが俺はそれらに構わず、残ってまだ試合をするものを募ったところ、彼の話は尻切れになった。

しかしこの時も少しの間、俺は彼らが話しているそばにいて不快な気持ちを感じ、他の男性も同じように戸惑っている様子がかいま見えたが、この不快な感じはなんだろう。

帰って自分が受けた感じを振り返ってみたら次のようなことだった。

一つは年上男性の得意げな、自己愛に満ちた、周りを巻き込もうとする態度や口調が受け入れられず、不快なこと。

もう一つは、そういう彼を女性達が持ち上げ一体化しているので、それに乗らないものは孤立感が生じ不安感が出て本音が出なくなり、いつまでも合わせる立場になり、彼の独演会になること。

彼の口調が丁寧語を使い建前的で、バリアーを張っているので、こちらも同じように丁寧語を使い距離を取らざるを得なくなり、こちらが本音の態度になりにくいこと。

午後はカラオケ喫茶に行ったが、色っぽい女性の車がなかったのでやめて、図書館に行った。

図書館には帰り際、受付にベッピン女性がいたが、図書館の男性職員と話していたので俺には縁がなさそうに感じ、そそくさと帰った。

夜はナイターテニスに行った。

ここのベッピン女性に、俺は今までのようには強く惹かれることはなく、たんたんと、しかし直接的に接した。

ベッピンと少し距離を取ることができ出してきたか。