「縁を切っている」で順調だった | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中水曜テニス教室に行った。

俺は「縁を切っている」の言葉とイメージで、仲間内の持たれあった紐帯を切って、遠慮のない直接的な言動で対応し、孤立させられる不安はなくなった。

世話役女性は休憩時には俺の方に来てコーチらと一緒に話し、盛り上がった。

そう言えば世話役女性は先週の水曜テニスでも俺の方に来ていたが、金曜テニスでは俺を一人にした。

これは金曜テニスではメンバーが若干違うので、俺を孤立させようとする嫌な女と年上男性に合わせざるを得なく、また俺と一緒にいると2人だけになり彼女も孤立するからだろう。

彼女が中心になって俺を孤立させているのではないのかもしれないと思い、俺は今少し安心した。

明日はまた金曜テニスだが、どうなるか楽しみだ。

昨日午後はヨガ教室だったが、最近いつも近くになる太めの女性と、今までになく親しく話した。

夜風呂でトラウマ解消で、「縁を切る」で親戚の家でのトラウマがまた溶けた。

その後、ヤクザっぽい男達や親父に俺や家のものが、荒い言葉で脅されたり、責められたりする様がリアルに思い出され、「闘う」や「対等だ」や「俺だ」などで、体の奥深くのトラウマがまた溶けた。