行くところがない | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中壁打ちをし、午後はカラオケ喫茶に行ってみたが、色っぽい女性の車もないのでパスして、1人カラオケに行ったが、ここも満員で行くところがなくなく、やむなく図書館に行った。

図書館もすぐに見終わったので外に出たがもう行く当てもなく、俺は落ち着きのない、自信がなく当てのない不安というか、なんとも言葉に言い表せない気持ちになっているのに気付いた。

これはいつも俺が1人で行く当てがない時に生じる情動だ。

この気持ちを避けるために俺は、テニスやカラオケの集団を求め、1人になっても自分が充実感を味わえる、これらの集団に繋がる壁打ちや1人カラオケを求めていたのだ。

この情動とも言える心の奥深くにある感情は、やはり孤独感だろう。

昨日はこの気持ちが生じているその現場でトラウマ解消をした方がいいと思い、外出先の車の中でトラウマ解消した。

2時間くらいやっただろうか、トラウマはかなりの勢いで溶けた。

夜も風呂で、幼児期に家で気持ちの通じるものがいなくて、いつも孤独だった時のことを思い出し、トラウマ解消した。

そしてこうしてブログを書いている今も、落ち着きのない焦りに似た、まだはっきりしない情動を感じ、この後トラウマ解消しようと思っているところだ。