集団への固執 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中金曜テニス教室だった。

テニスの休憩の時、久しぶりに世話役女性ともう一人の女性とが俺の方に来て、話した。

最近は俺の方には彼女らは来なかったのだが、どうしたことか。

昼からは、色っぽい女性が来ていないかとカラオケ喫茶に行ってみたが、駐車場に彼女の車はなかったので1人カラオケに行った。

1人カラオケでは高音いっぱいに高さを上げて歌って、気持ちがよかった。

それはそれとして、俺は1人で壁打ちをしたり、カラオケをしたりするのも楽しいし充実もしているが、やはり集団の中に行って活躍したいという気持ちが強く、いつもテニスの集まりなどを待っている。

最近は雨でテニスが休みになることが多く、そうすると所在がなくなり、やはりもっと何か他に行く場所を探さないといけないかと思ったりしていた。

壁打ちにしても1人カラオケにしても、練習してそれを発揮できる集団があるから、やりがいがあるのだ。

集団がなかったら、1人でやることも楽しくなく、俺にとっては意味もないだろう。

夜風呂でトラウマ解消していたら、集団に入っていたい、集団で活躍したいという強い気持ちが実はトラウマで、幼児期の親戚の家や地域、中学までの学校などの集団に入っていたいという強い気持ちが出てき、これらを捨てるとどんどんトラウマが溶けてきた。

多分もっと残っているであろうこのトラウマがもっと溶けると、集団への固執も無くなっていくのだろうか。