トラウマの核 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中Sグループのテニス練習日だったが、女性陣は皆都合が悪く相手がいなかったので、俺は今までは誘ってもらってばかりいた男性に、初めてこっちから誘いの電話をした。

結果はオッケーで、もう一人誘うことができ、男3人でテニスした。

今まで断られるのが怖くてなかなか人を誘えなかったが、やっとここに来て断られても平気な気持ちができてきた。

午後も第三グループの練習会に行った。

ここであることに気がついた。

練習試合で人数が余るので、女性2人と俺とで人の試合を見ていた時、女性2人が話すのに俺は多少の動揺を覚えたのだ。

いやこのグループではまだ新米だし、この2人も中年女性で気も強そうなので、俺はまだ自分を出せないでいたのだろう。

俺はそのとき、超越しているという言葉とイメージでそれらを払拭し、帰りには他の女性らを褒めて、半分はからかってみんなで話題にしたりした。

帰ってから風呂でトラウマ解消した。

女性2人といるところを想定したら、幼児期の親戚のおばさんと、俺より10歳上のそこの娘と一緒にいるところが想定されてきた。

そしたらトラウマがどんどん溶けてきた。

俺はこの2人といる時、屈辱を受け、蔑視され、小さくなっていたのだ。

これが集団を苦手とする一番の元の原因のようで、俺は女性の集団が一番苦手なのをあらためて気がついた。

今まで、女性と集団が苦手と別々に思ってきたが、これは元は同一のもののようだ。

何と無く分かってはいたが、はっきりとトラウマの核が見えて、俺の中では新しい発見だ。