幼児期のおばさんとのこと | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中家でトラウマ解消、午後図書館でもトラウマ解消した。

想定はカラオケ喫茶の色っぽい女性や図書館のベッピンの女性だ。

彼女らには俺は誘われているように感じている。

自己催眠によるトラウマ解消では、彼女たちを思い浮かべて、誘われても欲しず、他人事だとか、俺だとか、⚪️⚪️弁(出身地の方言)だとかで対応すると、トラウマがどんどん溶けるのだ。

昨日は図書館にベッピンな女性がいたので、彼女に気楽に声をかけるイメージを求めて、本を読みながらトラウマ解消した。

やはりこのトラウマは、たぶん意識ができた1、2歳ごろから親戚のおばさんが俺を自分の家に来させるために、いろんな手を使って誘い、俺はそれに強烈に惹かれていたものだろう。

トラウマ解消では、前の職場でまだ若い頃、やはりベッピンの女性に引かれて動きがとれなかったことも出て来たりもした。

彼女も気を引くタイプの女性だったのだろうと、今初めて分かるような気がした。

このトラウマはほんの幼児期のものなので強烈で、これで俺は親戚の家に行きたくてしょうがなく、親から止められたり、近所の人から監視されても、いつも隠れていろんな方法で衝動的に行ったものだ。

おばさんは、美味しいものを食べさせてくれたり、一緒に風呂に入ったり、いつも一緒に寝ていた。

おっぱいも触らせてくれ、風呂や布団の中ではいつもおばさんのおっぱいを触っていた。

おばさんはなかなかの体をしていて、スレンダーで足も長く、ウエストはくびれて、おっぱいもいいものだった。

俺は小さいながら色気を感じていたのだ。