戦う、という攻撃性も必要だ | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

2.3日前から、子ども達が嫁や孫を連れて帰って来ている。

それはそれとして、一日一回は外出しないと、落ち着かない。

それで今日はカラオケ喫茶に行った。

今日も車は止まっておらず、客はいなさそうだったが、まあいいやと入った。

最初は一人客はいたがすぐ帰ったので、歌うのは俺一人になった。

歌わない男性一人が聴いて、ママは厨房の方にいて聞いていない。

最後は誰も拍手するものもいない状態になり、なんか俺はがっかりして帰った。

せめてママくらいは聞いて拍手は欲しいのだが、それができない人なのだ。

それを求める俺が馬鹿なのだ。

そういう女性に何かを求めるのが間違いなのだ。

早く気がつけ!俺。

夜風呂に入ってトラウマ解消をした。

昨日のナンパの、戦う、という言葉とイメージを、カラオケ喫茶のママとの関係に適応させたらピッタリ来て、トラウマがドンドン溶け出した。

ついでに妻との関係にも適応させたら、またトラウマが溶けた。

戦う、攻撃性は必要なのだ。