また新しい心境か | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中Aコーステニスに行った。

久しぶりに晴れて、久しぶりにコートでテニスができ、楽しかった。

壁打ちの成果が出て、実力がついてきている。

午後はヨガに行き、来週休みだとのことでかなり鍛えられた。

夕方家であることに気づいた。

それは俺はいつも誰か相手を求めているということだ。

それは男でも女でもだ。

これは俺特有のものではないか。

俺は何か欠けているのではないか。

普通の人は幼少期、これは親から満たされているのではないか。

俺は実際、親が嫌いで嫌いでたまらないくらいだったから、基本的に何かが欠けているのだろう。

親の愛情、親への思慕、頼るべき大人の存在、こうしたことの経験がないから、それがどんなものなのかわからないのだ。

だから欠けているものがどんなものか、わからないのだ。

そんなことを考えていたら、ある言葉とイメージが浮かんだ。

上だ、というものだ。

これは今までも出て来ていたが、今回はもっと深いもののような気がする。

対等だと、まだ相手に求めている。

上だ、ともう相手に求めない。

能動的で積極的だ。

受身ではなく、相手に与える方だ。

この言葉とイメージが浮かんだ途端、妻がいる時は妻の攻撃性に動きがとれず、うずくまって考え事ばかりしていた俺は急に動き出し、晩御飯をなかなか作らない妻を差し置いて、自分のおかずを作って食べたり、洗濯したり、風呂を沸かしてさっさと入ったりした。

たぶん新しい心境だ。

今後が楽しみだ。