一人飲みの後悔 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

今日は二日酔いで一日寝ていて、夕方テニス壁打ちに行った。

その寝ていた時、考えたことがある。

やはり飲みに行ったことの後悔だ。

前にも書いたが、やはりこの一人飲みパターンはまずい。

飲みすぎで翌日は必ずえらい。

金もかかる。

それなら、なぜ行くのか。

屋台のマスターに会いたいから。

俺はこの町では、何でも話せる友達がいない。

俺のことをよく知ってくれている人もいない。

だから5年くらい前から行くようになった屋台のマスターを、俺の友達のように感じ、時々会って話したくなる。

そして屋台は飲み食べるところだという意識から、ずっと飲み食べ続けるので、飲みすぎになる。

飲み食べていないと、すぐ屋台を出なくてはならないと感じているのだ。

マスターはある程度経つと話しの相手をしなくなる。

この冷たさを感じないようにするため、俺はビールを追加するのか?

いずれにせよ、マイペースではない。

二軒目のスナックでも俺は長い。

だいたい8時の開店から12時の閉店までいる。

要するに俺は尻が長く、切れが悪いのだ。

これは幼少期、親戚の家にしがみついていたトラウマと思われる。

どこか俺を受け入れてくれる所が欲しいのだ。