私から豪州在住氏への連絡。

「記事掲載氏への手紙の送付先だけれどもご自宅とご本社とどちらがいいんだろう。内容的にはプライベート満載でしかないのだけれども。迷っています。」

(原文英語/意訳)



豪州在住氏から私への返信。

「悩ませてしまって申し訳ない。自宅に泊めてもらったけれど、もう30年近く前の話だから引っ越している事も考えられると思うんだけれど、日本の習慣では同じところに30年近く住んだりするもの?本社なら、確実だと個人的には思うけれど、あまり深く考えずに無理しないようにね。でも、本人から連絡が来るといいんだけどな。頼む!()

(原文英語+日本語/意訳)


という事で

ご本社へ出す事にした。


この間も、他愛のない話や日常の事でやり取りが続いていたと言えば続いているのだが、特に深い話というよりかは他愛なさすぎて、豪州在住氏の考えている事や思いなどに触れる事もなく、私の中では少し「言いたい事あるんだけどな〜切り出しにくい」と何かが溜まってきていたのも事実。

しかしこれは本来自分の問題で

自分で型をつけるべく励まないといけない事もわかっていて、その中で沸いてくる葛藤に自分でもモヤモヤする正体がなんだかよく分からなかった。

記事掲載氏への手紙は思うように

筆進まず下書きを

打ち込みながら足して

引いて直して

全くもって寝る前小一時間で

仕上げられるものでは到底なかった。


豪州在住氏の連絡先への

連絡のお願いや

経緯を書き

ここまででも

この手紙の主旨がブレていないか

読み手の時間を取らせてしまわないか。

悩み考えすぎ、進めたくとも

気持ちばかりが逸り


そしてイヤーブック(思い出年鑑アルバム?)を開いてみるとそこには記事掲載氏から私宛の個人的メッセージ。


「いつもお昼の弁当ありがとう、美味しかったです。日本に来る事があったら下記の連絡先まで。」(日本語/原文まま)


母が作った弁当を記事掲載氏に

あげていたようで自分は

おそらく学校の

キャンティーン(食堂)

ハンバーガーや

ローカルフードなど

買っていたような模様。


ここで後本社に送るかご自宅に送るかまた迷う事となる。

「その言葉はずっと覚えておく。ありがとう。心に響いた。(要約/原文英語/意訳)



豪州在住氏のストーリー投稿が

また増える。



スポーツしている自分。

走っている自分。

友人達といる自分。

住んでいる所周辺のカフェの写真。

職場の入り口。

職場オフィスにある大きなクリスマスツリー。

職場までの道のり的動画。

街の様子。

お気に入りのカフェで

コーヒーを持つ自分。

自宅の自分。

夕焼け。

朝焼け。

昼間の公園。

自分、自分、自分、自分。

俺通信の再来なのか。


何かがぞわぞわして来た。

違和感だ。



多少の違和感が

また芽生えて来た頃

なぜだか喪失感が

薄れてきているのを感じた。



私自身がグリーフ(喪失感)を手放せなかったというより、現実を受け入れられずに手放さなかった過去はもはや執着に近いものだったのかもしれず、見失っていたのは自分の方で、その姿を豪州在住氏という鏡を通して見せられているかのようで、どこか共通するような暗闇を見た気がしていたのと同時に、この状況だと自分がどんどん病んでいく事に気がついた。

何かが自分の中で

変わらないとと

思い始めている気がした。



そうか、この人の抱える闇のような

ものは喪失感から

自分で自分を

認められなくなっていて

自己喪失の上に自己肯定感も崩壊し

承認欲求で喪失している

自己を埋めたいのかも知れないと。

誰にでも大なり小なり

承認欲求というものはある。

しかし承認欲求というものは

自分で埋めるしかない。

自信と自己肯定感の低さが顕著で

それはもう本人次第で本人が気づけなければ変わりようもない事で

変わる必要があるかどうかさえ

本人が決める事。

それは私にも同じ事が言える。



そうか、私はこの気付きを得るために「無碍にできない何か」をパッと手放さず

今まで豪州在住氏の俺通信にもどこか耐えたのかもしれないとなんとなく思った。



しかし自己承認欲求と自己肯定感を得るのは自分でしかできない。

ただでさえ豪州と日本という

物理的距離があるのにも関わらず

更にうまく

SNSでの距離を取らなければ

と意識するようになった。

自分の醜さを見せられているのが

また何か辛くなってきた

感じがしたからだ。



私の喪失感の最終段階で話を聞いてくれたお礼になり得るのか、豪州在住氏に何か私が恩返しができるとしたら、掲載記事氏に手紙を書くか… ここでやっと進まなかった下書きを進める気持ちがかたまってきた。



記事掲載氏宛の私信を

ご本社に送るという事。

私信を送るというのは

秘書としてもやった事がない

事だったけれど

やっとここで

なるはやで書き終えようと

心に決めた。

豪州在住氏と記事掲載氏は同級時代、仲が良く、別々の国で大学へ進んでからも豪州在住氏が日本滞在時には記事掲載氏のご自宅に泊めて頂いたらしい事が判明したのは以前、記事に記載しました。

その後、連絡が途絶え、連絡手段を失ったとの事。


まず私の喪失感についての話を訥々と数日間に渡って、する流れになり

故人との関係性、経緯、生ける屍状態での生活など。


連絡再開から、3週間くらい

経った頃お互いが抱える

話をした頃だったと記憶。


メッセージでの

やりとりなので

数日間にわたっているのだけれども

喪失感の話はやはり

人に話すにはまだ心が辛くなり

上手く説明ができたとも思えない。


(私の本名)、そんな辛い思いをして過ごしているとは思わなかった。何か無神経な事を連絡再開時から言ってしまっていたら本当に申し訳ない。そして、さらに無神経な事を言うかもしれないけれど、グリーフ・プロセス(喪失感に対する心の整理)がいつまで掛かっても自分の気持ちが昇華するまで大切に持ち続けるというのはものすごく痛みも伴う決断だと思う。そしてその決断も尊重したい。自分の心に準備が整った頃に、不思議と何かが変わり始めるものなんだ。偉そうかもしれないけれど、自分事で言うと今の仕事外の活動なんかもそうで、心が整い始めたら、前に進めるようになる。焦る必要はない。自分のペースでいいと思う。ただ覚えておいて。あなたは生きている。今ここに生きているからこそ人生を全うするように生きていいんだ。人生は誰にとっても1回しかないから。(原文英語/意訳)


正直、このメッセージの

最後の部分には響くものがあった。

テンションが妙に

高かった豪州在住氏が

発するこの言葉のギャップ。

この言葉が私の中の

何か壁のような盾が自然と少しずつ

剥がれ落ちていく

きっかけにもなったのだと思う。


通話ならば30分もあれば終わる話だっただろう。

数日前に私が突発性難聴により左耳失聴、右で音を拾うもかなり静かな場所でないとマスクをつけたりした中での会話は非常に困難だからと言う事を打ち明けていたからというのもあるけれど、豪州在住氏は昔からどこかあがり症で本人も「メッセージのやり取りがスムーズだからって顔を突き合わせて話せばボロしか出ないから。余計な事を言って怒らせるかもしれないし。だからメッセージのやりとりがいいと思う。怒らせてしまう自信ならあるから。」と言うメッセージのやりとりがベースにあるのかもしれない。1カ月近くオンオフしながら続くメッセージのやりとりの方がテンションや温度の違いに戸惑いつつもコミュニケーションブレイクダウンという状況に陥る事なく出来ているからこの方法が良いのかもしれない。


なんとなくそう思った。