死因は「老衰によるもの」だ
「病死」では美輪明宏の生き様を「否定」するのかも知れない
それより私は「人の死」に毎回思うのだが、カネ💰を稼ぎ一世を風靡した有名人なら年齢に関係なく「幸せ🍀」だったのではないか
ずっと苦労して死んだ私の父は64歳だったから沢山の悲しみが有った
幸せ😆🍀をどう解釈するかは本人が判断出来るのだろうが
私の父の場合は誰もが原因を知っていた
寿命は「運命」だと思うのだが
何歳で死んだと言うより
「満足だったか」どうかだろう
苦しみもがいて100歳まで生きるのは地獄だ
芸能人や地名人が亡くなるニュースの時、十分に人生を謳歌した人なら
「贅沢三昧の人生だった人だから」悔いはないのじゃないかと私は呟く
自分と比較して「幸せの価値観」を憶測すれば私は120歳まで生きなければならない
芸能人みたいに「財に埋もれていない」からだ
じゃあそれ以外はどうかと自問すれば
私の人生は「幸運」だし
全てが希望通り進行していると思う
数多くの体験は理想どおりに実現中だから国会議員や芸能人よりも断然、
至福が有る
私は振り返れば「先祖の見えない力」かといつも表現するのだが
「無神論者」の私が唯一「先祖に助けて貰っている」ような気がしている
私の兄弟の中で「誰に先祖が後継して欲しいかと質問」したなら
間違いなく「私」になる
だから私は先祖の供養を担当しているのだ
気持ちも当然のように全く苦にはならない
思えば、父は先祖の墓を大事にしなかった
無職貧乏の要因も有るが
先祖の墓石も無い有り様だった
父が亡くなってから先祖供養に目覚めた母は
墓地を購入しきちんと守り抜いたのだが
沢山の病名を宣告され母の人生も終わった
お金👛が無い人生だった母の棺に
私はカードローンで借りた2万円を差し入れた
あの世で親父と2人で贅沢して欲しい願いだった
先祖を大切にしない私の家系は「短命」だ
母が入院中は私は銀行の仕事が終わり次第、毎日その病院に行き献身的に寝たきりの母に寄り添った
親を思う子供の真摯な気持ちからだ
長嶋一茂に比べれば我が家は「天と地」の差が有る
父の「食道静脈瘤」の通院代も少ない銀行員のサラリーから私が渡していた
もう墓参りするにはかなり遠くなったが
兄から引き継いだ大きな仏壇は我が家で「常に花を欠かさず」お参りしている
兄弟は私の人生を実力だと言うが
私に幸運が続くのは「先祖の力」だと思っている
指名された私が「駅伝の走者」なのだ
別にお寺に媚びを得るような檀家でもなく
マイペースで先祖を引き継いでいるから苦にもならない
そこで91歳で亡くなった美輪明宏が
早かったのか遅かったのか「年齢では判断」出来ないのだ
一般論では「長生きの分類」かも知れない
人間の死は避けられない現実だ
歴史に名前を刻むも良し
自分の銅像を建立されるも良しだが
何か人間の死は「見えない運命」によって、自分次第で感じて行くモノかも知れない