「たまごっち」世界で復活
「たまごっち」世界で復活というニュースがあった。
バンダイの電子ペット育成ゲーム「たまごっち」の新型機種が、
9月末で販売個数300万個を突破したという。
その内200万個は海外での販売分。
1990年代後半に国内で爆発的にヒットしたが、
今回は5月から投入した海外市場での売れ行きが予想を超え、
一度飽きられた商品が世界で復活したという。
新型たまごっちは3月に国内で発売した後、
アジアと欧州を皮切りに海外販売を開始。
欧州ではフランス、スペインや東欧などの15カ国で
約100万個を売り、国内での半年間の販売個数に追い付いた。
アジアでは中国、タイ、マレーシアなど6カ国・地域で約20万個を販売。
8月に投入した米国、カナダでもすでに約80万個を売ったという。
「たまごっち」といえば、
僕が中学時代に先生の目を盗みながら
必死に遊んでいたものだ。
「おやじっち」という変なものに育つのが、
本当に楽しかった。
しかし、今の僕が、注目すべきは、
価値の再利用と言うものだと思う。
昔、大人気のものも、
飽きられて、衰退していくものである。
しかし、その価値というものは、
時が経った後でも、価値を持ち続けると思う。
それが、この「たまごっち」の人気の再燃や、
新たな市場での成功であると思う。
「たまごっち」以外にも、
日本が作り上げてきた様々な価値は、
もう一度日本で、また、世界という市場で、
新たな価値を持ち出すのではないか。
そういった視点を持つことも、
とても重要だと思う。
今、自分が思いつくものとしては、
日本のドラマは、海外でも大いなる価値を持ち、
ビジネスとして成り立つのではないか。
バンダイの電子ペット育成ゲーム「たまごっち」の新型機種が、
9月末で販売個数300万個を突破したという。
その内200万個は海外での販売分。
1990年代後半に国内で爆発的にヒットしたが、
今回は5月から投入した海外市場での売れ行きが予想を超え、
一度飽きられた商品が世界で復活したという。
新型たまごっちは3月に国内で発売した後、
アジアと欧州を皮切りに海外販売を開始。
欧州ではフランス、スペインや東欧などの15カ国で
約100万個を売り、国内での半年間の販売個数に追い付いた。
アジアでは中国、タイ、マレーシアなど6カ国・地域で約20万個を販売。
8月に投入した米国、カナダでもすでに約80万個を売ったという。
「たまごっち」といえば、
僕が中学時代に先生の目を盗みながら
必死に遊んでいたものだ。
「おやじっち」という変なものに育つのが、
本当に楽しかった。
しかし、今の僕が、注目すべきは、
価値の再利用と言うものだと思う。
昔、大人気のものも、
飽きられて、衰退していくものである。
しかし、その価値というものは、
時が経った後でも、価値を持ち続けると思う。
それが、この「たまごっち」の人気の再燃や、
新たな市場での成功であると思う。
「たまごっち」以外にも、
日本が作り上げてきた様々な価値は、
もう一度日本で、また、世界という市場で、
新たな価値を持ち出すのではないか。
そういった視点を持つことも、
とても重要だと思う。
今、自分が思いつくものとしては、
日本のドラマは、海外でも大いなる価値を持ち、
ビジネスとして成り立つのではないか。
ノグ・ノーベル賞
ユーモアに富み、科学技術に貢献した研究に贈られる
「イグ・ノーベル賞(愚かなノーベル賞)」の平和賞に、
カラオケを考案した兵庫県西宮市の会社経営者、
井上大祐さん(64)が選ばれ、
米ハーバード大学で9月30日、授賞式が開かれた。
同賞は、「つい笑ってしまうけれど、考えさせられてしまう」研究が対象。
「The Annal of Improbable Research(ありそうもない研究の年間報告)」
の編集者、マーク・アブラハムさんが考案した。
井上さんは、名曲「君の瞳に恋してる」を
歌詞の入っていない曲に編集し直したことが発明の発端となった。
「お互いの歌をじっと聞くというような、
忍耐強さを鍛える全く新しい方法を編み出した」として、
その功績を評価された。
日本の技術はすばらしいものがあると言われている。
このカラオケというものも、
本当のノーベル賞に、
エンターテイメント部門があれば、
入賞するぐらいの発明だと思う。
日本経済の根底を支えているもの、
それは、「ものづくり」だと思う。
どうも金融など、お金に働かせることには、
疎い気がする。
ベンチャーをやっていて、
「自分ができる限り、動いていたい。」
「自分自らが何かを作り出していきたい。」
そういった思いが強くなってきている。
それは、もしかしたら
日本人としての本能ともいうべき姿なのかもしれない。
「イグ・ノーベル賞(愚かなノーベル賞)」の平和賞に、
カラオケを考案した兵庫県西宮市の会社経営者、
井上大祐さん(64)が選ばれ、
米ハーバード大学で9月30日、授賞式が開かれた。
同賞は、「つい笑ってしまうけれど、考えさせられてしまう」研究が対象。
「The Annal of Improbable Research(ありそうもない研究の年間報告)」
の編集者、マーク・アブラハムさんが考案した。
井上さんは、名曲「君の瞳に恋してる」を
歌詞の入っていない曲に編集し直したことが発明の発端となった。
「お互いの歌をじっと聞くというような、
忍耐強さを鍛える全く新しい方法を編み出した」として、
その功績を評価された。
日本の技術はすばらしいものがあると言われている。
このカラオケというものも、
本当のノーベル賞に、
エンターテイメント部門があれば、
入賞するぐらいの発明だと思う。
日本経済の根底を支えているもの、
それは、「ものづくり」だと思う。
どうも金融など、お金に働かせることには、
疎い気がする。
ベンチャーをやっていて、
「自分ができる限り、動いていたい。」
「自分自らが何かを作り出していきたい。」
そういった思いが強くなってきている。
それは、もしかしたら
日本人としての本能ともいうべき姿なのかもしれない。
イチロー大記録達成!
マリナーズのイチローが、
1回に左前打、3回に中前打と2打席連続安打を放ち、
シーズン最多258安打の大リーグ新記録をマークした。
さらに6回にも遊撃への内野安打を放ち259安打に記録を伸ばした。
1920年にジョージ・シスラー(ブラウンズ)が樹立し、
主要な打撃記録の中で最も長く破られず、
不滅といわれた大記録を84年ぶりに塗り替えた。
野球ファンの僕としては、
本当に喜ばしいことで、うれしかった。
「イチローならやれれる」そんな風潮があったと思う。
しかし、イチローも人間。
この大記録の裏にどれだけの努力があったのか、
どれだけのプレッシャーがあったのか、
考えるだけで、愕然とする。
僕には、そんなプレッシャーを受けることがあるのか。
事業家として成功した時、受けることができるのか。
受けたときにイチローのように、
応えることができるのか。
自分に不安が出てくる。
でも、こういうことを考えていたとき、
自分がベンチャーという道を選んだことをうれしく思った。
なぜなら、ベンチャーという道を選ばなければ、
そういったプレッシャーの中で、
自分を試すという可能性すらなかったのだから。。。
人生は一度きりしかない。
その人生の中で、自分のとことん試したい。
そう自分が思えたことを誇りに思う。
1回に左前打、3回に中前打と2打席連続安打を放ち、
シーズン最多258安打の大リーグ新記録をマークした。
さらに6回にも遊撃への内野安打を放ち259安打に記録を伸ばした。
1920年にジョージ・シスラー(ブラウンズ)が樹立し、
主要な打撃記録の中で最も長く破られず、
不滅といわれた大記録を84年ぶりに塗り替えた。
野球ファンの僕としては、
本当に喜ばしいことで、うれしかった。
「イチローならやれれる」そんな風潮があったと思う。
しかし、イチローも人間。
この大記録の裏にどれだけの努力があったのか、
どれだけのプレッシャーがあったのか、
考えるだけで、愕然とする。
僕には、そんなプレッシャーを受けることがあるのか。
事業家として成功した時、受けることができるのか。
受けたときにイチローのように、
応えることができるのか。
自分に不安が出てくる。
でも、こういうことを考えていたとき、
自分がベンチャーという道を選んだことをうれしく思った。
なぜなら、ベンチャーという道を選ばなければ、
そういったプレッシャーの中で、
自分を試すという可能性すらなかったのだから。。。
人生は一度きりしかない。
その人生の中で、自分のとことん試したい。
そう自分が思えたことを誇りに思う。
<セコム社長>木村昌平
セコムの社長、木村昌平氏の新聞記事を読んだ。
失礼かもしれないが、それほど有名な人ではないと思う。
しかし、この木村昌平氏の言っていることは、
ベンチャーをやっている僕には、
衝撃的なことばかりだった。
木村氏は、若い時、当時会長だった飯田氏(現最高顧問)から、
「原子力発電所の安全管理をぜひわが社でやりたい。
どうするか考えろ」
と言われた。だが、考えても考えても、いいアイデアは浮かばない。
そんなある日、飯田氏が「おい。できたぞ。」と、
自分の構想を語りだした。
飯田氏は、また、経済界や役所に向かって
自分のアイデアをあちこちで話していたのだ。
すると、東京電力や警察などから、
「できるわけない。こんな問題がある」
と様々な反論や批判がでたといった。
話が終わると、飯田氏は、
「もうお前にもできるだろう」と言った。
木村氏は、出来上がった状態を構想することができた。
そこに到達するために克服しなければならない
ハードルは関係者が皆教えてくれた。
後は、その解決策を一つ一つ考えればいいというわけだ。
(実際、1977年、セコムと東京、関西、中部の
3電力会社の共同出資で日本原子力防護システムを設立)
木村氏は、このこと出来事から気付いたことがあるといっている。
「私は、企画マンと称しながら有力な事業や
組織改革は実際にはトップが想定し、
自分はそれを実現するための下働きに過ぎなかった」、と。
しかし、この経験から、
木村氏は、構想と計画の立て方を体得した。
それは、まず、望ましい完成形を明確にイメージすることだと言う。
できそうもないと思っているから、構想できないのである。
「ハードルは障害ではなく、実現へのヒントなのだ。」
と言っている。
社長になった今、木村氏は、
社員に、目標を定め、
志を立てないと事業にならないと呼びかけている。
構想し、行動に踏み切らないと表面的な失敗はない。
しかし、実際には大変な失敗をしているのではないか。
上杉鷹山の名言「なせばなる」で最も大切なのは、
最後の段の「成らぬは人の成らぬなりけり」であると思う。
ベンチャーをやっている自分にとって、
未来を想定することは、本当に重要なことだ。
将来を想定すること、つまり、計画を立てるということは、
自分の将来への意思を表明することである。
何をやりたいかを常に考える意思が大切であると思う。
未来のビジョンをしっかりと持つこと、
今一度、自分の将来を明確に考えてみたいと思う。
失礼かもしれないが、それほど有名な人ではないと思う。
しかし、この木村昌平氏の言っていることは、
ベンチャーをやっている僕には、
衝撃的なことばかりだった。
木村氏は、若い時、当時会長だった飯田氏(現最高顧問)から、
「原子力発電所の安全管理をぜひわが社でやりたい。
どうするか考えろ」
と言われた。だが、考えても考えても、いいアイデアは浮かばない。
そんなある日、飯田氏が「おい。できたぞ。」と、
自分の構想を語りだした。
飯田氏は、また、経済界や役所に向かって
自分のアイデアをあちこちで話していたのだ。
すると、東京電力や警察などから、
「できるわけない。こんな問題がある」
と様々な反論や批判がでたといった。
話が終わると、飯田氏は、
「もうお前にもできるだろう」と言った。
木村氏は、出来上がった状態を構想することができた。
そこに到達するために克服しなければならない
ハードルは関係者が皆教えてくれた。
後は、その解決策を一つ一つ考えればいいというわけだ。
(実際、1977年、セコムと東京、関西、中部の
3電力会社の共同出資で日本原子力防護システムを設立)
木村氏は、このこと出来事から気付いたことがあるといっている。
「私は、企画マンと称しながら有力な事業や
組織改革は実際にはトップが想定し、
自分はそれを実現するための下働きに過ぎなかった」、と。
しかし、この経験から、
木村氏は、構想と計画の立て方を体得した。
それは、まず、望ましい完成形を明確にイメージすることだと言う。
できそうもないと思っているから、構想できないのである。
「ハードルは障害ではなく、実現へのヒントなのだ。」
と言っている。
社長になった今、木村氏は、
社員に、目標を定め、
志を立てないと事業にならないと呼びかけている。
構想し、行動に踏み切らないと表面的な失敗はない。
しかし、実際には大変な失敗をしているのではないか。
上杉鷹山の名言「なせばなる」で最も大切なのは、
最後の段の「成らぬは人の成らぬなりけり」であると思う。
ベンチャーをやっている自分にとって、
未来を想定することは、本当に重要なことだ。
将来を想定すること、つまり、計画を立てるということは、
自分の将来への意思を表明することである。
何をやりたいかを常に考える意思が大切であると思う。
未来のビジョンをしっかりと持つこと、
今一度、自分の将来を明確に考えてみたいと思う。
モチベーションとは?
モチベーションとは一体なんなのか?
ある記事を読み始めてそう考えるようになった。
その記事は、「楽天・三木谷浩史の真実」という題名だが、
その内容は、ソフトバンクの孫正義やアスキーの西和彦など、
今のネット産業の土台を作ってきた人たちが
どのように絡み合っているのかが
よく分かるものだった。
その中で、僕が一番関心を持ったのが、
モチベーションの問題である。
ソフトバンクの孫正義は、
在日韓国陣3世として佐賀県鳥栖市に生まれ、
民族差別が続く中で年少時代を過ごしている。
そんな孫正義は、高校に入学してすぐ、
こんな日本にいても可能性を閉ざされるばかりと感じ、
単身アメリカに渡るのであった。
年少時代の差別が孫正義のモチベーションになっているのか?
孫正義自信は「そんな単純なことではない」といっているが、
心のどこかに今も深く残っていることは確かだろう。
この記事を読んだ、うちの社長は、
「みんな屈折した過去を持っている」といったが、
本当にそうだと思った。
今、成功者呼ばれる人たちは、
何かしらの過去を持っているのである。
「過去は背負うものなのか。」
「過去は乗り越えるものなのか。」
「過去は捨てるものなのか。」
一体どれが正しいのか。
それはわからないが、
モチベーションの一端を担うものは、
「過去」であると強く感じた。
一体僕のモチベーションはどこから生まれてきたものなのか。
僕は、答えることができない。
答えたくないからではない。
分からないのだ。
今の自分を支えているもの。
それを少し探してみようと思う。
ある記事を読み始めてそう考えるようになった。
その記事は、「楽天・三木谷浩史の真実」という題名だが、
その内容は、ソフトバンクの孫正義やアスキーの西和彦など、
今のネット産業の土台を作ってきた人たちが
どのように絡み合っているのかが
よく分かるものだった。
その中で、僕が一番関心を持ったのが、
モチベーションの問題である。
ソフトバンクの孫正義は、
在日韓国陣3世として佐賀県鳥栖市に生まれ、
民族差別が続く中で年少時代を過ごしている。
そんな孫正義は、高校に入学してすぐ、
こんな日本にいても可能性を閉ざされるばかりと感じ、
単身アメリカに渡るのであった。
年少時代の差別が孫正義のモチベーションになっているのか?
孫正義自信は「そんな単純なことではない」といっているが、
心のどこかに今も深く残っていることは確かだろう。
この記事を読んだ、うちの社長は、
「みんな屈折した過去を持っている」といったが、
本当にそうだと思った。
今、成功者呼ばれる人たちは、
何かしらの過去を持っているのである。
「過去は背負うものなのか。」
「過去は乗り越えるものなのか。」
「過去は捨てるものなのか。」
一体どれが正しいのか。
それはわからないが、
モチベーションの一端を担うものは、
「過去」であると強く感じた。
一体僕のモチベーションはどこから生まれてきたものなのか。
僕は、答えることができない。
答えたくないからではない。
分からないのだ。
今の自分を支えているもの。
それを少し探してみようと思う。