ポジティブな感情と微妙な感じ(気持ちの振り返り) | オーラの研究

オーラの研究

健康のため、気功をやっています。かれこれ、10年近くになります。その影響があってか、最近、オーラがはっきり見えるようになりました。日々のオーラ観察を通して、気づいたこと、発見したこと、感動したことをまとめてみたいと思い、ブログを立ち上げました

前回、職場の人とのやり取りでネガティブな感情を持ち、

 

探ったところ、社会的役割の枠にはめられることを

 

Noと言っている自分を発見したと書きました。

 

それに気づいて次に職場に行ったら、

 

職場の人はなぜか私に「ありがとうございます」と

 

感謝の姿勢になっていた。

 

やはり、この世界は自分の心なのだと感じたのですが・・・

 

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先日、職場の後輩に

 

「Reiさん、すごいですね。よくできましたね。この仕事」

 

と心底驚いた感じでいわれた。

 

素直な子なので本当にそう思ったのだと思う。

 

その瞬間、私は気持ちが高揚し、喜んでしまった。

 

でも、もう一人の私がそれをじっと見ていて、

 

なにかしっくりこない微妙な感じがした。

 

”人に褒められてすごく嬉しいのに、なにかモヤっとするのは何故だろう”

 

そう思いながら一日過ごしていた。

 

心の探究者である大いなる私がどこかで、

 

『職場で認められて喜んだけど、それはどうしてなの?』

 

と聞いていた。

 

職場で喜んだ時、私の中に二つの気持ちがあって

 

①人に認められたい

➁社会的役割に押し込められたくない

 

と言う気持ちが葛藤していた。

 

それに気がついた時、しっくりこない微妙な感じは

 

自分へのシグナル音だったと気がついた。

 

①人に認められたいということは、

 

相手や社会にとって、望ましいとされる方向に

 

自分を当てはめているということになるのだから。

 

それは自分を押し込め窮屈になるということで、

 

➁の気持ちに相反する。

 

でも、何故か人に認めてほしいという気持ちも少しあるのだ

 

だから、私は職場で認められて喜んだのだ。

 

自分自身で100%自分を認め、いつもそれを感じていれば

 

人の評価に左右されない強さをもつ人になれるのではないか。

 

そして自分はそうなりたいのではないか。

 

そういう感情に気がつかされた。

 

それとどうじに、喜ばしい感情の中に微妙に残るしこりを

 

感じ取っていかないと、気がつかなかったと思った。

 

実はネガティブな感情の方が、自分の心の叫びに気がつきやすく、

 

ポジティブな感情とともに表れる、微妙な感じに気がつくというのは

 

難しいと感じたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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