皆様こんにちは
今日のシンガポールは明け方前に雨が降ったようで、路面がしっとり濡れていました。現在は雲がやや多い晴れの天気でこちらにしては過ごしやすい感じです
そういえば、NHKワールドの昨晩の気象情報では、今日から3日間傘マークがついていたんです。シンガポールで3日間傘マーク
って、思ったんですが、もしかしたら天気ぐずつくのかな。
ぐずつく天気ってこっちではどう表現するのかな?って一瞬思いましたが、日本ほど空模様の変化を言い表す表現が多い国は他にはないと思うので、おそらくこちらでは、少し曇っているね。で片付けられそうな感じがします
日本は、季節の変化に対しとても敏感で情緒的で風情があって、それによって独特の文化が育まれてきてますよね。それが日本人としての心の豊かさを育む土台の一つなのかもしれませんね
私が仕事をしていた時は、日に2~3回の気象情報の他、毎日一回は必ずお天気ネタのコーナーがあって、二十四節季に関するネタ集めを毎日毎日沢山していました。
季節にまつわる小話ってホントに面白くて、毎日一人で作画の構成まで担うのは大変でしたが、それでも大好きだったんです。
私がいた局では、二十四節季のネタでも、地元に関わらないものは使ちゃいけないという厳しい要望があったので、地元の過去の気象データを解析してネタを作り出したりして、毎日結構大変でした。一回のネタの裏には3、4個の没になった発想・ネタがあったのですが、地元にこだわりすぎる事で、面白くて生活に役立つ小話がご紹介できない事も多くて、とっても残念に思った事も度々ありました。
天候と植物の病気に関する小話では、植物の病気の対処法までお伝えしたかったのに、生活情報センターの人ではないのでそこまで話す必要なないと言われ、原稿の最後の方を切り落とされて、尻切れトンボの様な内容になってしまった事もありました。
案の定、視聴者の方のご意見の中に対策方法も知りたかったと書かれていて、それを読んだ時に、私も大変心苦しかったです
毎日の季節に関する小話コーナーは、4週間に1度はロケ企画の特大バージョンでした。
ネタの企画から出演依頼交渉、打ち合わせなど、制作の全過程を一通り責任者として任され責任の重みを感じる仕事でした。勿論、企画や、番組の構成などは、デスクと相談して決めるんですが、デスクはあくまでサポートなので、記事の校正や構成などの骨格を仕立てる役割ですから、企画者が何を伝えたいのかがはっきりしていないと良い物は出来ないんですね。
特に印象深いのは、気象と経済の関わりをネタにした企画です。社会部のデスクが高く評価して下さり、とても嬉しかった記憶があります。稲の成長と雷に関する企画や、気象の諺や言い伝えの検証企画、航空管制官の仕事と気象などもかなり好評でした。勿論、あらゆる情報は、裏取りがしっかりないと使えないので、図書館に通い気象論文を読み漁る事もしばしばでした。知識を増やし知らなかった情報を得れば得る程に更に企画に深みが増したりと、勉強する事が結果に直接反映されるやりがいのある仕事だったと思います。
この特大バージョンの企画物は局内外からとても好評だったようで、私が局を卒業した際には、局での保管用に全てのシリーズをVにまとめて下さいまして、私も記念にいただきました。
今だからこそ、当時の辛さをこのように前向きに捉える事が出来ていますが、その頃は本当に辛くて大変で、忙しさと重責で何の為に誰の為に仕事をしているのか分からなくなる時がありました。そんな時は、デスクの引出に忍ばせていた気象予報士試験に合格した時の満面の笑みのスナップ写真をこっそり見ながら奮闘していました。
昨日は一日中、帰国の予定を計画していて思ったんですが、仕事で培った計画を立てる能力が、今でも色んな部分に生かされているなぁと実感していました。
帰国に関しては、日本では、ホメオパシーや、他にも受けたい講義が盛り沢山です。何回か歯科治療の予定もありますし、色々悩ましいところです。宿泊したい場所が2ヵ所あったり、会いたい人が沢山いたり、受けたい講義も2種類あったり、私の希望が滅茶苦茶であれもこれもと一貫性がないので困りものなのです。
とりあえず、友人との予定なども全部書きだして一度全日程の計画を作り、それから優先事項を整理し、移動手段や時刻、費用、荷物の事など考えながらコンパクトに且つ過剰にハードにならないよう、まとめていきます。
楽ちんを優先すれば、費用が嵩んだり、こっちを優先すればあっちが達成できない。こっちを立てればそちらが立たない・・・・あらら?何だか人間関係に似てますね
私は結構アバウトが好きなんで、計画を立てるのは好きでなないのですが、あーだこーだと来年の帰国の計画予定まで考慮しながら考えています。
予定の立て方が前より上手になったのは、間違いなく企画物の仕事をしていたお陰ですね。
それに、最近は、予定を延期しなければならない場合でも、待つ間に計画がブラッシュアップされていく面白みが分かるようになってきました
待つ楽しさや喜びを味わえるようになったのは年齢を重ねたお陰なのかな。
自由というのは、枠があるからこそ成り立ち、その枠(約束事や取決め)があるからこその醍醐味なのだという意味がようやく分かったような気がします
仕事をしていた当時は、地方のモデル局とはいっても気象に関しては満足なシステムがなかったので、不平不満が多かったです。今となっては、勿体ない事をしたなと思います。ない物ねだりに気を揉むより、もっとない物づくしの環境を楽しめば良かったとつくづく思っています。
今の私の方が絶対に楽しく仕事が出来そう
毎日深夜までの仕事は体力的には無理だと思うけれど
でもね、心に余裕があると人生の捉えかたってやっぱり違うものだなって心からそう思いますよ
でもね、これもいまだからこそ、言える事です。
忙しさと責任が増す程に人は集中力を高めようとし、その一方で、心に余裕がなくなり周りが見えなくなるものです。その時は、よりよいものを紡ぎだそうとしているので、欲しい道具や環境がない時に不平不満がでてきても仕方がないと思うのです。一生懸命でいいと思うんです。一生懸命という情熱は、瞬発的で尚且つ持続するエネルギーを生み出し良い仕事や良い結果に繋がるのですから。
だから、私の様に何年も経ってから当時を振り返った際に、人に語れるほど頑張った自分が居たって事が嬉しいと思えればいいと思うんですよね。
例えていうなら、自分を支えるインナーマッスルをちゃんと鍛えてきたよねっていう事なのかな。
振り返れば、体幹筋肉を鍛えまくっていた時代がありましたって感じですかね
一度鍛えた精神のインナーマッスルは生涯の支えとなり、自分を助けてくれるはずです。
がんばっていた自分、心の筋肉は気象災害にも、地震や津波がきても無くなる事はありません。
過酷な状況が心の筋肉、精神のインナーマッスルを強化出来る唯一の場所です。
今が辛くても、自分に負けないでください。絶対に笑える時が来ますから