マタイによる福音

 〔そのとき、〕8・28イエスが向こう岸のガダラ人の地方に着かれると、悪霊に取りつかれた者が二人、墓場から出てイエスのところにやって来た。二人は非常に狂暴で、だれもその辺りの道を通れないほどであった。29突然、彼らは叫んだ。「神の子、かまわないでくれ。まだ、その時ではないのにここに来て、我々を苦しめるのか。」30はるかかなたで多くの豚の群れがえさをあさっていた。31そこで、悪霊どもはイエスに、「我々を追い出すのなら、あの豚の中にやってくれ」と願った。32イエスが、「行け」と言われると、悪霊どもは二人から出て、豚の中に入った。すると、豚の群れはみな崖を下って湖になだれ込み、水の中で死んだ。33豚飼いたちは逃げ出し、町に行って、悪霊に取りつかれた者のことなど一切を知らせた。34すると、町中の者がイエスに会おうとしてやって来た。そして、イエスを見ると、その地方から出て行ってもらいたいと言った。

 

 嵐を静めたイエスを見て人々が「いったい、この方はどういう方なのだろう。風や湖さえも従うではないか」と驚いた後の場面です。ガダラはガリラヤ湖の対岸の町です。異邦人が多く住む地域で、ユダヤ教で決して食べてはならないとされた豚を多く飼っていたようです。

 一方、悪霊は「神の子、かまわないでくれ。まだ、その時ではないのにここに来て、我々を苦しめるのか。」と叫びます。

 悪霊はイエスに豚に乗り移らせてほしいと訴え、悪霊が豚の中に入ると豚の群れは崖を降って湖で溺れ死にしました。

 悪霊に苦しめられていた二人は助かりましたが、町中の人は二人が救われたことを喜ぶどころか、イエスに町から出て行ってくれと要求します。

 

 このガダラの人々の反応は、聖書において「目先の利益や不変の日常(豚)」と「神による本質的な救い(人間の回復)」のどちらを選ぶかという、人間のエゴイズムを鋭く風刺する場面として読み解かれることがあると言われます。

 

 福者ペトロ岐部司祭と187殉教者については女子パウロ会ホームページをごらんください。

 https://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=070102

 

 

マタイによる福音

 〔そのとき、〕8・23イエスが舟に乗り込まれると、弟子たちも従った。24そのとき、湖に激しい嵐が起こり、舟は波にのまれそうになった。イエスは眠っておられた。25弟子たちは近寄って起こし、「主よ、助けてください。おぼれそうです」と言った。26イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」そして、起き上がって風と湖とをお叱りになると、すっかり凪になった。27人々は驚いて、「いったい、この方はどういう方なのだろう。風や湖さえも従うではないか」と言った。

 

 この箇所を読むたびに、福音書は弟子たちの反省の中から生まれた書物だという印象を持ちます。

 イエスと弟子たちが舟に乗っているときに嵐になり舟が転覆しそうになりました。そんな状態になっていてもイエスは舟の中で眠っていたのです。

 弟子たちはイエスを起こして「主よ、助けてください。おぼれそうです」と訴えます。「(わたしたちは)おぼれそうです。」の元のギリシャ語はアポリューミという動詞です。それは、絶滅させる、完全に根絶する、一掃する、消し去るという意味です。

 新約聖書翻訳委員会訳では「主よ、お救いを。わたしたちは滅んでしまいます」となっています。

 弟子たちは、ただ溺れると言ったのではなく、溺れ死にすると訴えたのです。

 イエスと一緒ならたとえ死んでも構わないという覚悟が欠けていました。

 イエスはおびえる弟子たちに「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」と言います。

 洗礼を受けていても、わたしたちは思いもよらないことがあるとおびえます。そんな時イエスが「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」と言って、わたしたちをおびえや不安から救ってくださいますように。

マタイによる福音

 16・13イエスは、フィリポ・カイサリア地方に行ったとき、弟子たちに、「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。14弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。ほかに、『エレミヤだ』とか、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」15イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」16シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。17すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。18わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。19わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」

 

 本日は聖ペトロ・パウロ使徒の記念日です。

 第一朗読は、使徒言行録のペトロがヘロデによって捕縛された場面です。不思議な力によってペトロは監獄から救い出されますが、最終的にはローマで逆さ十字架によって殉教したと言われています。

 第二朗読は使徒パウロのテモテへの手紙です。内容は死刑を間近に控えたパウロが弟子のテモテに宛てて書いた遺言のようです。

 福音はイエスがペトロに「あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」といった場面です。

 カトリック教会はこの箇所をイエスがペトロに「鍵の権能」を与えた根拠としています。カトリック教会はペトロを教会の礎とし、ペトロの後継者をローマ教皇としています。

 しかし、キリストの教会はカトリック教会だけではありません。ローマ教皇をペトロの後継者と認めないキリスト教会もあります。

 ペトロはイエスに、「あなたはメシア、生ける神の子です」と信仰宣言をしました。イエスが言う「この岩」とはペトロの信仰宣言を指します。

 キリストの教会は「イエスはメシア、生ける神の子」という信仰の土台の上に建てられているのです。

 

 聖ペトロ・聖パウロ使徒については女子パウロ会ホームページをごらんください。

https://www.pauline.or.jp/calendariocappella/cycle0/sol_0629.php