マタイによる福音
〔そのとき、〕8・23イエスが舟に乗り込まれると、弟子たちも従った。24そのとき、湖に激しい嵐が起こり、舟は波にのまれそうになった。イエスは眠っておられた。25弟子たちは近寄って起こし、「主よ、助けてください。おぼれそうです」と言った。26イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」そして、起き上がって風と湖とをお叱りになると、すっかり凪になった。27人々は驚いて、「いったい、この方はどういう方なのだろう。風や湖さえも従うではないか」と言った。
この箇所を読むたびに、福音書は弟子たちの反省の中から生まれた書物だという印象を持ちます。
イエスと弟子たちが舟に乗っているときに嵐になり舟が転覆しそうになりました。そんな状態になっていてもイエスは舟の中で眠っていたのです。
弟子たちはイエスを起こして「主よ、助けてください。おぼれそうです」と訴えます。「(わたしたちは)おぼれそうです。」の元のギリシャ語はアポリューミという動詞です。それは、絶滅させる、完全に根絶する、一掃する、消し去るという意味です。
新約聖書翻訳委員会訳では「主よ、お救いを。わたしたちは滅んでしまいます」となっています。
弟子たちは、ただ溺れると言ったのではなく、溺れ死にすると訴えたのです。
イエスと一緒ならたとえ死んでも構わないという覚悟が欠けていました。
イエスはおびえる弟子たちに「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」と言います。
洗礼を受けていても、わたしたちは思いもよらないことがあるとおびえます。そんな時イエスが「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」と言って、わたしたちをおびえや不安から救ってくださいますように。